No. | P. | 内容 | 撮影者 初出誌 |
東中野氏の否定根拠 | 画像 click |
否定根拠への疑問 | 検証記事リンク | 写真判定 |
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035 | 111 | 江南の農村婦女 | 熊崎 アサグ1211 日寇 |
1、捏造されたキャプション「江南の農村婦女は一群一群となって押送され、侵略軍の司令部へ連れ去られ、凌辱、輪姦、銃殺された」 2、この写真は日本でも大いに利用された 3、秦郁彦氏が写真の初出をつきとめた、『アサヒグラフ』であった。 4、元のキャプションは「我が兵士に護られて野良仕事より部落へ帰る日の丸部落の女子供の群れ」 5、密かな転載と説明改竄の典型である。 『アサヒグラフ』再現 |
■「硝煙下の桃源郷 江南の日の丸部落」はもちろん、中国人向けの宣伝ではない。日本国内向けもしくは欧米向の宣伝工作であろう。この"企画記事"のヘソは、『真っ先にかけつけて救いを求めてきた家族』という設定だ。『雇われたエキストラ家族』がカメラマンの求めに応じて、笑顔をつくるのは当然であろう。 ■だいたい、『日本軍の保護によって敗残支那兵の掠奪をまぬかれる中国人民』あるいは『日の丸の旗を立てて日本軍部隊に護衛されて畑に出かける中国農民』ということ自体、中国人にとっては荒唐無稽であり屈辱的なことであろう。怒りの気持ちはわかる。 ■だから、このような写真寸借とキャプション改竄を、さんざん凌辱の苦しみを味あわされている側が、戦争の真っ只中の時期に行うことに道義的な非はないだろう。元々の写真自体が、演出による「捏造」ドキュメンタリーなのだから。 ■とはいえ、後々それを引用するに当たり、日本側の雑誌を検索しなかった編集者はボンクラと批難されてもしかたない。「誰ならばこの写真が撮れたのか」を考えれば『要確認』に気がつくはずだ。プロとはいえない。 ⇒日本軍の宣撫工作「江南の日の丸部落」(再現) ⇒ 検証板3=笠原「南京事件」写真誤用について ■若いときにベトナム戦争に注目した世代なら、『戦略村』という言葉を思い出すかもしれない。 ⇒戦略村の起源 |
検証3 "n/143-35-37" |
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