松尾氏撮影写真(n-136-7)

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東中野氏の否定根拠 画像
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否定根拠への疑問 検証記事リンク 写真判定
136 216 南門前の激戦の跡 松尾 『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』の説明は「激戦の跡」が不許可写真になったことをとらえて、それを「虐殺の現場」にすり替えたのである。   ■msq さんは、小銃が死体の周りに散らばっていることから「激戦の跡」を否定するものは今のところないとしています。 "n/143"136そうして、東中野氏の意図を次のように分析しています。
「激戦」という言葉について関して言うと、中華門付近で激戦のあったことは確かである。しかし、南京裁判で第六師団長谷寿夫が死刑判決を受けたことで分かるとおり、中華門周辺で、これらの写真が直接示している出来事とは別に、多くの虐殺があったことは事実である。中華門に関して取り上げた、写真125、写真133、134、136 が戦闘の跡を示すものとしても、それらの虐殺を否定するものでないことは忘れてはならない。戦闘もあったが、虐殺もあったのである。教授の狙いは、これらの写真が、虐殺現場の写真でないことを示すことで、中華門周辺で広範に起きた虐殺を否定することではないだろうか。
■ 中華門付近での虐殺についてはこんな資料も有ります「板取村」従 軍 譚  
   
137 217 缶詰を盗んで捕らえられた中国兵(不許可) 松尾 「缶詰を盗んだ」が「撤退に遅れた」に変わり、「正規兵」が「一般市民」に変わっている   
■『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』の「上海の近くの月浦鎮で進行中の中国人の殺害」はどうかと思いますが、『日本の侵略・中国朝鮮』の「撤退に遅れ捕らえられた中国軍兵士、月浦鎮付近。『対外的不利』としてこれも発表不許可」は、毎日新聞社刊の『1億人の昭和史 10 不許可写真史』を忠実に踏襲しています。

msq さんは次のようにして記しています。
毎日新聞社刊の『1億人の昭和史 10 不許可写真史』の4ページに、『日本の侵略 中国朝鮮』と同じトリミングの写真があり、説明は「第二次上海事件の激戦地呉淞砲台の北 黄浦江河口にちかい月浦鎮付近で撤退におくれて羽田部隊渡辺隊に捕らえられた中国国民政府軍直轄兵士 不許可理由は陸軍省令にある対外的不利な事項とされた」となっている

撮影者の元大阪毎日のカメラマン松尾氏自身のメモは「日本軍の缶詰を盗んでゐた正規兵を捕らへる。月浦鎮南方」とされる。松尾氏は正規兵を捕らえたと明確に書いている。缶詰を盗んだ単なる盗人を捕まえたとは書いていない。正規兵が逃げ送れた原因は缶詰を盗んでいたからと言うことではないだろうか。

著者は「缶詰を盗んだ」が「撤退に遅れた」と変えられたといっているが、もしそうだとしても、そのように書き直したのは松尾氏も含めた毎日新聞社である。常識的に考えれば逃げ遅れたから捕まったのであり、そのようなことが理解できずに検証とは恐れ入る。"n/143"137
不許可写真 不許可写真が軍事郵便はがきになった例(南京ではない)  
   

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