「百人斬り」東京地裁判決(部分-012-2)

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《争点5:毎日は訂正しない不作為で名誉毀損や敬愛思慕の情を侵害したか》

    • (5) 争点(5)について
      • (原告らの主張

        本件日日記事は,片桐部隊の若い将校である両少尉が,首都南京に向かう前線で中国兵を斬り倒し,「百人斬り」の競争を行っているという内容のものであって,浅海記者による戦意高揚の創作記事であった。しかしながら,その記事が原因となり,両少尉は,昭和22年,南京軍事裁判所に戦犯として起訴され,昭和23年1月28日,銃殺刑に処せられた。

        被告毎日は,そもそも,国民の知る権利に奉仕するジャーナリズムに携わる者として,真実を報道していないという疑いがある場合に,自ら検証し,その経過を国民に知らせ,誤りを発見した場合には,速やかに訂正する義務を負担しているというべきである。
         また,本件日日記事が虚報である以上,当時において,両少尉の名誉を毀損することがなかったとしても,虚報を国民に事実として報道したこと自体が,国民の知る権利を侵害し,公共性を有する新聞社として違法行為であるというべきである。
         そして,被告毎日は,本件日日記事が虚報であり,それを訂正しなかったことによって両少尉が軍事裁判で銃殺刑に処せられたという先行行為が存在していたにもかかわらず,その後,昭和47年に「朝日新聞」紙上において,被告本多が「百人斬り競争」の記事を掲載して以降,現在に至るまで,自社の虚報を正さず,放置し続けており,かかる不作為によって,本件各書籍を始め,「百人斬り競争」を事実とする多数の書籍により,両少尉及び原告らに対する名誉毀損状態が生じている。

      • (被告毎日の主張)

        本件日日記事が両少尉の名誉毀損に当たるか否かは,一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものであり,当該記事が発行され,読者が閲読し得る時点を基準として判断すべきものであるところ,同記事は,日中戦争という国家間の戦争下にあって,日本軍に属していた両少尉が敵国正規軍9陣地トーチカに突進して,敵の兵隊を多数斃したという報道であり,あくまで正規軍間の戦闘関係を報じたものであって,敗走する兵は斬らないとしているのであるから,ましてや非戦闘員を虐殺したと報道したものではない。
         国家権力の発動たる戦闘行為にあって,敵国正規軍を多く斃したという事実を報道することは,当時においては日本軍に属し戦闘行為を遂行していた両少尉の社会的評価を高めることはあっても,その名誉を毀損するものではない。

        原告らは,現行憲法21条に基づく立論をするが,そもそも,本件日日記事発行当時は,旧憲法の下にあり,状況は自ずから異なるものであるし,発表当時適法行為であったものが,現行憲法制定により違法となることは,法律不遡及の原則(現行憲法39条)から失当であることが明らかである。
         また,原告らは,いったん名誉毀損行為がなされたときは,その訂正がなされるまでの間,名誉毀損行為が存続していると主張しているが,そもそも名誉毀損にあっては,表現行為が外部になされたときが不法行為時であり,この時点において請求権が発生し,行為は完結するものである。
         もし,原告ら主張のとおり,誤報を行った者すべてについて訂正すべき法的義務が存在するとなると,国家権力は,表現者に対して法的義務として訂正を命ずることとなり,憲法19条,21条に反するものであって,原告らの主張は失当である。

        さらに,本件日日記事について,原告らの主張のとおり不法行為に該当するとしても,両少尉は,当該記事の発表について,当時了承していたのであり,いわゆる被害者の承諾として違法性が阻却されるものである。すなわち,両少尉の供述によれば,二人の名前で「百人斬り」を新聞記事として発表することを持ちかけたのは向井少尉であり,これを受けた浅海記者が「百人斬り」の記事を掲載するという話に対し,野田少尉もこれについて黙認したのである。

        なお,本件日日記事が原告ら主張のとおり引用ないし掲載されたとしても,それは被告毎日の表現行為ではなく,被告毎日において,その点の責めを負うべき理由はない。

       

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