[思考錯誤INDEX] [新規発言] [掲示板内検索] [問答有用] [南京事件資料集][とほほ空間] [旧K-K掲示板][旧思考錯誤]
  F・F・マルテンス『国際法(下)』より参考資料 靴屋 2003/10/06 00:39:02  (修正3回)
  これは勉強になる! K−K 2003/10/09 23:46:19 
   └いえいえ、とんでもありません。昔の書籍を... 靴屋 2003/10/10 00:53:21 

  F・F・マルテンス『国際法(下)』より参考資料 靴屋 2003/10/06 00:39:02  (修正3回) ツリーへ

F・F・マルテンス『国際法(下)』より参考資料 返事を書く ノートメニュー
靴屋 <uypqsyhqon> 2003/10/06 00:39:02 ** この記事は3回修正されてます
国際法の議論で良く出てくるマルテンス条項というのがどういう経緯で出来たのかなぁと思って、邦訳化されたマルテンスさんの『国際法』という著書があるのを知り、調べたのですが、この本には何も書いてなかったようです・・・が、参考になりそうな所をコピーして持ち帰り(既に歴史価値があるらしく貸し出しは出来ないということでした)、入力してみました。自分で持っているだけでは勿体ないので、ここに投稿することにしました。著作権的には何ら問題はないと思いますが・・・

断らなくても当然ですが、ご使用は如何様にご使用されようとも自由です。トリミング改竄大いに結構です(ってほんとにやっちゃ駄目ですよ、当たり前ですけど^^;)。但し私は何の責任も持ちません。

*********

フリードリッヒ・フォン・マルテンス(※),中村進午訳『国際法(下)』早稲田大学出版部,1908,p672-689
(※これはドイツ語名らしく、本来のロシア名ではフョードル・フョードロビッチ・マルテンスとなる。この邦訳はドイツ語版からのものである。)

引用者注
(1)旧漢字はなるべく常用・当用漢字に改めた。また、現在ほとんど使用されることがなく分かりにくい熟語などはなるべく現在の一般表記に改めた(例:劫掠→略奪)。
(2)分かりにくい漢字表記の国名人名等は仮名に改めた(例:土耳其→トルコ、聖彼得堡→サンクトペテルブルグ)。また仮名表記で現在の表記と異なって分かりにくい場合は、分かる範囲で現在の表記に改めた(例:ゲンフ→ジュネーブ)。
(3)外国人名の名字と姓名の区別が「、」になっているところは「・」に改めた。
(4)段落中又は段落最後に引用文献が一行幅を二行に分ける形で記される箇所があったのでその箇所は<>として表記した。
(5)文中−−−で区切られている箇所は、原著ではやや小さな書体で印字されている箇所を示す。
(6)段落はわかりやすくするため一行あけた。
(7)文中に挿入された【】はこれ以降が原著中の何ページ目となるかを示す。

国際法 各論 第三部 第六章 陸戦間国家の権利義務

【672】
   甲 敵人に対する交戦国の権利義務
  第百十二節 第一、法律上何人をか敵人となすや。
        義勇兵。人民暴動。非戦闘者

近世戦争法によれば戦争行為の直接目的物は敵の軍隊なり、敵の軍隊とは戦敵の武装的且組織的戦闘力を云ふ、平和人民は戦闘に加はるの義務をも権利をも有せず、然れども非軍人と雖も土民兵、義勇兵、自由国等を組成して直接に戦闘に加はることを得。敵の進撃あるときはその他の総人民は凡て武器を取りて敵に抵抗することを得、此等一切の個人、自由兵等は悉く之れを交戦者と見做し且戦時国際法によりて処分せざるべからざるや、この問題の決定は独り直接に戦争に加はる人の運命に関するのみならず、併せて又一国の抵抗能力及び防衛力に関係し且戦争の全性質に関係す。

交戦国の全人民は悉く相互的敵人にあらず、現時に於ては戦争は一般の屠戮、相互の撲滅をなすべきものにあらず。今日の国際法によれば戦争は組織的争闘力即【673】ち特に戦争行為の為めに準備せらるゝ軍隊によりて為さざるべからず、この争闘力の構成に属する人を名づけて戦闘者と云ふ。適法戦闘者の意義は何人が戦時法及び戦時慣習の保護に加はるやの問題を解除するの前提をなす、戦争の間生命の不可侵を主張することを得る者は只非戦闘者のみ、他方より見れば非戦闘者は戦闘を攻撃すべからざる義務を有す、戦闘者が人民に対して毀害を加ふるも人民が戦闘者に対して危害を加ふるも共に不可侵権を害したるものとして此の犯罪は戦争法によりて処罰せらる。

戦闘者、自由軍及び一般の抵抗に加はる者の法律上の地位は凡て戦争法によりて定むべし、此等は只戦闘者としてのみ戦争行為に加はりて交戦者たるの権利を有することを得。

−−−
独、仏戦争の間独逸の元帥府は仏国義勇兵に交戦者たるの権利を与へざりき。千八百七十年八月プロシヤ官報は布告を発して独逸が如何なる者を正当なる戦敵と見做すべきやとの条件を定めたり、曰く、義勇兵は仏国政府より戦闘をなして可なりとの全権委員の書面を有せざる可らず、仏国士官の命令の下に立たざるべからず、制服を着せざるべからず、編成せられたる仏国軍隊の一部を形作らざるべからず、然らずんば之れを【674】強盗と見做し捕獲せられたるときは弾薬と鉛とを以て之を処刑すべしと。此等種々の要素に適せしめんこと極めて困難にして此等種々の要素が適当を失せりとは仏国政府の盛に唱えたるところなりき(ローラン・ジェクミン『国際法雑誌』第二巻第六百六十頁以下第三巻第三百〇八 以下。ブッシュ[Busch]『ビスマルク伯及び其儕輩』第二巻第二百四十二頁)。

仏人すらナポレオン第一世の時義勇兵を適法なりと承認せざりき、千八百十三年リュッツォウ(Liitzow)及び其の率ゆる所の義勇兵は殆んど皆捕獲せられ鎖に繋がれてサヴォイェンに送られ、其地に於て刑事犯罪者として土獄に幽せられんとしたれども土獄に幽することは遂に実行せられずして止みたり(ボグダノウィッチュ[Bogdanowitsch]『千八百十三年戦史』[露文]第一巻第三百五十六頁。エフ・マルテンス『条約集』第三巻第七十七号)。

古来よりの交戦諸国は敵に対して抵抗を試みたる市民に対し更に寛容を加ふることなかりき、武器を手にする蜂起者は悉く犯罪者として軍事裁判上処罰せられたり。ナポレオン第一世は独逸並にスペインに於て度々告示を発すらく、武器を手にして攻撃する土民は悉く死刑に処すべきと(ナピエー[Napier]『半島戦争史』ジュマ[Dumas]反訳千八百二十八年乃至、千八百三十八年巴里出版第一巻第五十九頁第二百〇八頁第二百十頁第二百十七頁、第四巻第五十三頁第八十一頁第五巻第十三頁第十六頁第二百八十六頁第二百九十五頁、第七巻第三百七十一頁第九巻第三百九十三頁第十巻第百十六頁)。ウェルリントン卿は千八百十四年南部仏国に於て布告を発し蜂起人民には豪毛も寛容を加ふる【675】ことなしと云ひ、農夫に布告して農夫の蜂起したる者にして捕らへらるゝときは之を戦争捕虜と見做さずして犯罪者たるの取扱をなすべしと云へり。千八百十四年の同盟軍の諸元帥シュワルツェンベルヒ候(Schwarzenberg)、ウォロンツォウ(Woronzow)、ビュブナ(Bubna)は右に類似の布告を発せり、コツホ及びシェール『条約略史』第十部第四百〇三頁。ドルーブ『攻撃軍隊と人民との関係並に不規則軍隊が規則的兵士たる取扱を受くるに要する条件』千八百七十一年倫敦出版第七百十二頁)。
−−−

ブリュッセルの会合が戦争法の争を決するに至るまでは本国の任意防御者に対して如何なる処置を加ふべきやに関し行はれたる戦時の実例常に右の如くなりき。ブリュッセル宣言の草案(第九条)に於ては正常交戦者と見做すべきものを左の如く確定したり。

 第一 規則正しき陸軍及び海軍並びに軍事勤務兵。
 第二 民軍、護国軍、土民隊、義勇兵にして左の条件を充たすとき。
  一 その団結の上に責任を負ふ人あること。
  二 確定なる且遠方より識別することを得べき徴号を附すること。
  三 公に武器を構ふること。
【676】
  四 戦争慣習に従うこと。

人民蜂起に付てはブリュッセル宣言第十条は只今だ敵より占領せられざる地の総人民が武装したる場合のみに着眼したり、即ち其地の総人民が敵軍の進撃に際し形式を備へて編成するの暇なく、敵を退却せしめんが為めに武器を取つて抵抗するときは、戦時法及戦時慣習に従ふ限り正当なる戦闘者と見做すべしと云ふなり<エフ・マルテンス『東方戦争及ブリュッセル会合』[露文]サンクトペテルブルグ千八百七十八年出版第四百二十頁以下。>

実際と此の規定とを対照せばブリュッセル宣言が、国民の自己防御権を狭むることなく、却つて任意防御者が基本国を防御するの権利を可能ならしめんとするの希望を有したることを知るべし。義勇兵又は蜂起隊が規則正しき兵士たるの権利を得べき条件は決して予め挙示することを得べきものにあらず、又予め斯かる人々に対して寛容を与えんとすること極めて困難なり。

ブリュッセル宣言が義勇兵に要すべしとして挙げたる条件が国民防御を制限することの極めて僅少なるは殊に仏国に対する露国国民防御の命令書が右と同一なるに徴して明らかなるべし、此事に関する千八百十二年七月六日の布告は左の如【677】く定めたり、曰く、武器を取る露人は貴族、伯爵(ストロステンStarosten)又は市長の命令書を有せざるべからず、義務的制服を着せざるべからず、軍事的に訓練せられるべからず、戦争慣習に従はざるべからずと<ミカイロウスキー・ヂィエッセツスキー千八百十二年『本国戦史』第一巻第百五十一頁以下。エフ・マルテンス『露国軍事記録』中戦争及戦争慣習に関するブリュッセル宣言千八百七十五年六月第二百六十九頁以下。>

不規則なる群衆を定めてなしたる戦争が効果を奏せずして却つて国家の損害を来すこと従来の戦争歴史に徴して明白なり、人民を煽動して敵に当ること決して困難にあらず況んや不覇の力を利用し政府の配力の元に之れを強制するに於てをや。人民をして不覇不絆に戦争に与からしむるは多くは是れ無政府を喚起するものにして攻撃国と雖も、防御国と雖も決して之を希望せざるなり。今日の如く戦争方法の技術及び系統の整頓せるときに際し人民の蜂起を頼んで防御の方法となさんとするが如き、又は人民を煽動するが如きは決して嘉すべきことにあらず、徒らに平和人民の運命を危ふするに過ぎざるなり<ナビエー『半島戦史』第五巻第十八頁等。モーレイ[Motley]『オランダ革命史』第二巻第三百八十五頁。テー某将軍(Brialmont)『イギリス及小国』千八百七十四年ブリュッセル出版第二十七頁。ラッツェンホーフル『国家防御』第二百六十三頁以下。>

【678】
各種及び各級の戦闘軍人の外、非戦闘員にして武装国力の成立に属するものあり、監督行政官、野戦軍吏、医師など是れなり。其他凡ゆる貨物の用達人、従軍商人、及び元帥の許可を得て従軍する新聞通信者の如きも戦員に属せずと雖も亦武装国力の成立に属す、此等の人々は狭義の意味に於ける非戦闘者なれども確定の慣習により戦争の危険に服従せざるべからず、また戦争の目的に用立つ人なりとして捕虜とせらる<ブリュッセル『宣言』第十一条>衛生係はジュネーブ条約により特別の保護を受く。

  第百十三節 第二 捕虜

捕虜となりたる者が如何なる法律上の地位を有するやに就ては学理と実際の共に一致する所なり、此事に関する原則は一般に承認せらるゝ所にしてブリュッセル宣言第二十三条及び第三十四条に於て之れを見ることを得べし。

規則正しき兵士たると土民軍たるとを問はず一切の敵の武装力に属する人及び其他軍隊に属する人即ち通信者、用達人、官吏は皆捕虜となる。捕虜は武装を剥がれたる正常の敵にして刑事犯罪者にはあらず、彼等は国家の権力の元に立つものにして古代に於て考へたるが如く之れを捕獲したるものの手中に属するものにあ【679】らず<『露国法令全集』 六千七百三十七号第七千二百二十七号、第七千九百五十六号、第二万五千三百八十七号甲、第二万九千九百二十一号。アイルへルマン『捕虜論』千八百七十七年ドルバート出版。>是れ捕虜が敵国の軍律及び軍事命令に服従する所以なり。

−−−
千七百七十七年七月二日発布の『捕虜に関する臨時命令』により露国に於けるトルコ捕虜の取扱及び監督を陸軍省に委せり、捕虜は諸所の師団に分付せられ露国士官、下士官又は兵卒の命令の下に区分せられたり。彼等は露国の軍律に服し犯罪あるときは露国軍律裁判所の判決を受けたり(エフ・マルテンス『東方戦争及ブリュッセル宣言』第五百四十四頁以下)。
−−−

捕虜を取扱ふこと仁慈ならざるべからず、犯罪を為すにあらずんば獄に投ずべからず、身体を衰弱せしめ又は名誉を失はしむるが如き事業をなさしむべからず、武器を除くの外一切の私有財産は之を捕虜より奪ふべからず。

国家の捕虜に対する権利及び捕虜の国家に対する義務を総括せば左の如し。

一 交戦国は『栄誉に誓ひたる言語の上に』捕虜を放還することを得、栄誉に誓ひたる言語の上にとは捕虜をして此の戦争には再び加はることなしと約せしむるを云ふ。斯かる条件の下に放還せられたる者は固く其語を守らざるべからず、捕虜【680】の本国政府は右捕虜に対し其約束に違戻する行為をなすことを要求し又は許容するの権利を有せず誓を破りたる捕虜再び捕獲せらるゝときは厳酷なる処罰を受く。

二 国家は其目的に適したる場所に捕虜を置くの権利を有す即ち都府、城塞、陣営等の内に於て一定の範囲を限りて之を置き以て其逃走を防ぐことを得、之れに反して追放犯罪者を置くに定めたる地に捕虜を置くべからず。

三 身体を衰弱せしめず又は侮辱を与へず、且目下の戦争と直接の関係なき事なる限りは捕虜をして公の事業を営ましむることを得、捕虜をして私の職業をなさしむること亦禁ずべきことにあらず、右の如くにして得たる金員は一部は国庫に収めて捕虜衣食住の費用を補はしめ、一部は捕虜放還に際し之れを給付す。

四 国家は捕虜に対し衣食住を給与し其程度は平時自国の軍隊に給するものと同一にするを例とす。

五 捕虜、命を奉ぜざるときは捕虜に関する法律により軍事上の処罰を加ふ。

六 逃走を企つる捕虜に対しては武器を用ふることを得、逃走せんとして捕へられるゝときは厳罰を受く、逃走を遂げたるときは後に至りて再び捕へら【681】るゝことあるも先に逃走したる罪に付て処罰せらるゝことなし。

捕虜は平和回復と共に終る、戦争継続中交戦国は相合致して捕虜の交換をなすことを得、旧時に行はれたる捕虜の賠償なることは今日に於ては行はるゝことなし<フィリモール『解釈』第三巻第百六十三頁以下。ハレック『戦争法』第四百三十頁以下。ホール『国際法』第三百四十一頁以下。ブルンチュリー『国際法』第五百八十五節以下。ヘフテル『国際公法』第二百六十九節以下。カルヴォー『国際法』第三巻第百五十八頁以下。>

  第百十四節 第三 負傷者及び病者。ジュネーブ条約。
        補充。トルコ及赤十字

敵の負傷者及び病者は敵の捕虜と類似の地位にあり、両者共に戦闘能力を失ひたる本国防御者なり、故に彼等は既に敵にあらずにして交戦国他方の保護を受くべきものなり。只両者の区別は其保護の保証せらるゝや否やに付き左の如き点に存せり、捕虜の権利義務は今日に至るまで只慣習によりて成れるものなりと雖も負傷者が除外的地位を受くるは千八百六十四年のジュネーブ条約なる特別条約により【682】て確かめらるゝものなり。

疾病軍人及び負傷軍人を条約によりて保護することは決して現時の特性にあらず、交戦国間に特別の合意をなして国籍の如何を問はず負傷者を毀害すべからず之れを救護すべしとの特別条約を締結したること既に度々之れあり。第十六世紀の末葉にヨーロッパ諸国の間に締結したる此種の条約は其数訳三百あり、然れどもジュネーブ条約の特別なる効労は敵の負傷者及び病者を保護せんが為めに初めて一般普通の之れに加はりたる凡ゆる諸国を拘束する手続を確定したること是れなり。

−−−
ジュネーブ条約の成立はジュネーブ人ヂュナン(Dunant)の書『ソルフェリノの記念』(千八百六十二年出版)の発行と密接なる関係を有す。著者は千八百五十九年ソルフェリノの戦争を目撃して看護の足らざる為め医師の補助の足らざる為め死亡する者千を以て数へたるとを記し以て負傷者が悲しむべき地位に沈淪したることを世に介し、将来負傷戦闘者の悲しむべき運命を軽くせんが為め私人の慈恵を要することを説き且其書中に自己の思想を述べて曰く、各国は戦場に於て病者及び負傷者に医師の救護を与へん為め一の組合を作るべしと。此の考えはジュネーブ共同会社の補助を受くるに至り、該会社の社長ギユスターフ・モアニエー(Gustave Moynier)の意見により該会社は千八百六十三年ジュネーブに国際【683】会議を開き各国に支社を設けんとの計画を採用し、且戦場に於て負傷者を取扱ふ野戦病院及び衛生員は之れを中立とすべしとの希望を提出せり。スイスはナポレオン第三世の保護を仰ぎて千八百六十四年国際外交会議をジュネーブに召集し、一般条約を締結して此の希望を貫徹したり。戦場に於て負傷したる戦闘者の運命を改良することに関するジュネーブ条約は其後ヨーロッパ諸国及び幾多の諸国に採用する所となれり(モアニエー『赤十字其過去及将来』千八百八十二年巴里出版。ルューデル『ジュネーブ条約』千八百七十六年エルランゲン出版。シュミット・エルンストハウゼン『ジュネーブ条約の原則』千八百七十四年伯林出版。イワノウスキー『ジュネーブ条約』千八百八十四年キイヤフ出版)
−−−

ジュネーブ条約は規定すらく、国家、会社又は私人より組織せらるゝ野戦病院及び戦時病院は病者及び負傷者が其内に在る間は不可侵にして戦闘者は之れを尊重し之れを保護せざるべからずと。此の不可侵は此等病院の総衛生員に及び、看護婦、僧侶、使丁は其職務を行使する間は滞在所が敵手に落ちたる場合と雖も皆な此の権利を受く、病院が敵の手に帰したる時は如何なる時の間且如何なる方法により此等の人々を帰属する軍隊に渡すべきたを定むること一に軍隊司令官の定むる所なり、敵、主たる戦時病院の材料を有するときは戦時病院の財産をも還付するの義務を有す。

【684】
敵国人民にして負傷者に補助を与ふる者は寛容を受く、負傷者及び病者に入るゝ家屋は合囲を免かれ該家屋の所有者は戦時徴発の額の全部又は一部を免赦せらるゝの権利を有す。

病者及び負傷者は自国人たると敵国人たるとを問はず同一の方法を用ひて之に医学的補助及び看護を与ふ、戦闘によりて負傷したる敵の軍人は両国元帥の合意により直ちに軍隊の後方に委せしむることを得。

負傷兵及病兵を入れたる建物又は輸送車の徴表として本国国旗と白地の赤十字の旗とを併せ起つ、医師及び衛生員は此の徴表を腕上に付す。

ジュネーブ条約以前に既にヨーロッパ諸国に於て赤十字社なるものありて既に平時に於て負傷者保護の為めに物質上の補助品及び補助者を予備し置くの準備をなせり。此等赤十字社の中枢はジュネーブ国際会社にして此事に関する一切の行動は悉く該【685】中枢と連絡を通じたり、此等赤十字社は政府の立てたるものにあらずして純粋の私立会社なり。

−−−
ジュネーブ条約の規定は未だ一切の疑団を排除せず、是れ条文の編纂に欠点あるが為めなり、該条約第一条は軍事上守備せらるゝ病院は不可侵にあらずとのことを規定すと雖も戦時に於て軍事上の守備なき野戦病院なるもの何処にか之れあらんや、故に誤解を避けんが為め此の規定は綿密に定めざるべからず、第六条には敵国の病者、負傷者と雖も自国の病者、負傷者を均しく之れを看護すべしと規定すといえども、負傷者極めて多くして医師及び保護の手段欠乏するときは此の規定に従はんこと極めて困難なり。其他第六条は尚ほ職務に堪えざる全治者は之れを本国に放置すと定むと雖も職務に堪えざるに至るとは如何なることを云ふか、全治者にして手足を失ふときは戦術上之れを職務に堪えずと見做すか、この点極めて不明なり。最後にジュネーブ条約は海戦に於て負傷したる者に関する規定を欠く(ジュネーブ条約の成分に匱欠せる所は千八百七十四年ブリュッセル会合[八月十一日の集合]に於て之れを定めたり)。
−−−

ジュネーブ条約を改良し補足せんが為めに千八百六十八年ジュネーブに於て更に新会合を開き十五ヶ条の補足を設けたり、此内第六条乃至第十五条は海戦に於て負傷したる者の保護に関することを定めたり<モアニエー『赤十字』第二百七十頁。ルューデル『ジュネーブ条約』第四百〇八頁。>

此補則条約中には戦争の間負傷したる者又は溺れんとする者を救助する小舟に【686】対し不可侵権を与へ、捕獲せられたる軍艦上の衛生員及び負傷者及び病者を請取ることのみに定められたる商船にも亦不可侵権を与ふることを規定せり。病者及び負傷戦員は亦敵より保護、看護を受く政府の許容を受け溺者を救はんが為め私立会社の艤装せる船舶は其戦員と共に中立たり、斯る船舶は徴号として国旗の外、白地に赤十字を付し緑色の縁を白部に付せざるべからず。

千八百六十八年の補償条項は各国の採用する所とならず故に毫も拘束力を有せず。

ジュネーブ条約を実行するに際し争議の絶えざる該条約の条項に欠落あるによるものなること千八百六十四年以降の戦争の示す所なり。然れども不良なる現象の生ずる多くは軍隊がジュネーブ条約の内容を熟知せざるに起因す、戦争に際し仁慈を知らずジュネーブ条約の要用なるを理解せざる交戦国をして亦此条約を敬重せしめんが為めに或る保護を見出すの必要なること最近の露、トルコ戦争に徴して明かなり。

−−−
千八百六十五年トルコは既にジュネーブ条約に加入したるが、漸く千八百七十六年十一月【687】に至りて赤十字を徴表とするの不可能なるを云へり、談判の後、ヨーロッパ諸国はトルコが暫らく赤半月を以て赤十字に代用するを許すことを一致せり、露、トルコ戦争中トルコ軍隊は独りジュネーブ条約の規定を顧みざりしのみならず、ジュネーブ条約をトルコ文に反訳したることなすらなかりき。反訳のなりたるは漸く千八百七十七年の終に在り、さればトルコ軍が負傷したる露兵に対し無限の暴行を加へたること赤十字の保護の存在せざりしこと決して驚くに足らず。

露国政府は千八百七十七年五月の元老院令及び同年六月二十日並びに七月二十三日の総督府特別会により軍隊に令するジュネーブ条約を敬重すべきを以てし、之を毀害する者に厳罰を加ふべしと布告せり(千八百七十七年乃至千八百七十八年『東方戦争に於けるジュネーブ条約の歴史』。エフ・マルテンス『東方戦争及びブリュッセル会合』[露文]千八百七十九年サンクトペテルブルグ第五百〇一頁以下)。
−−−

  第百十五節 第四 逃走者及略奪者

逃走軍人は敵軍の為めに捕へられ又は引き渡されたる後之れを捕虜と見做さずして反間者として処刑すること各国の慣例及び法規の保障する所なり。

戦場に於て死者又は負傷者に対し略奪をなす者も亦捕虜を受くる特権を享有すること能はず、斯の如き『戦場の豺狼』は一般犯罪者たるに外ならざるが故に各国の【688】軍事法律は皆其行為の地に於て直ちに死刑を以て之を処罰す。

  第百十六節 第五 間諜

間諜若し間諜をなす間に捕へたるときは直ちに之を殺し又は捕縛すること古来より行はるゝ所なり。間諜は厳酷なる待遇を受くるものなるが故に間諜の意義を正確に定めざる可らず、敵線内に於て捕へられたる各人を以て悉く間諜を見るべからざることは明瞭なり。ブリュッセル宣言第十九条は此の点に関し定義を下して曰く『秘密に又は虚欺の口実を設けて、敵より占領せられたる地に於て消息を集め又集めんと試み之れを敵軍に知らしめんとする者のみ之れを間諜と云ふ』と。

『秘密』及び『虚偽の口実』即ち詐欺なることは戦争法上処罰すべき間諜の特長なり<『国際法協会記要』第二十三節第二十四節。>

右の定義より推せば偵察の為めに敵の戦闘線内に侵入する軍人は其軍人たるの地位に属すること明かなる限りは之れを間諜と見做すべからず、軍事的又は非軍事的使者にして陽に其委任を行ひ之を秘密にせざる者は亦間諜にあらず、敵軍又【689】は敵国政府の郵便結合をなす所の風船も亦間諜にあらず<ハレック『戦争法』第四百〇六頁第二十六節。フィリモール『解釈』第三巻第百六十四頁。ホール『国際法』第四百六十三頁第八十八節。ブルンチュリー『国際公法』第六百二十八節以下。ヘフテル『国際公法』第四百八十頁以下。>

間諜を処罰する其行為が敵に対して毀害多く危険多きが故なり、間諜夫れ自身は犯罪にあらず、亦不道徳の行為にもあらず、故にブリュッセル宣言は間諜をなしたる者の動因如何を顧みて之れを処理せざるべからずと云ひ、捕へられたる間諜は之れを裁判所に移し、之を捕へたる国家の法律により規則正しく之れを判決すべしと云へり。即ち間諜は決して従来一般に行はれたるが如く適当の取調をなすことなく、直ちに且総括的に之を殺すべきものにあらず、間諜をなしたる場合に於て、捕へたれたるときに限り此の如き処罰を受くものなり、間諜を遂げ自己の軍隊に帰りたる間諜其後敵手に墜つるも処罰を受くることなく、捕虜として取扱はる。

※修正履歴:
一回目は何時何処修正したのか忘れました^^;
二回目(H15.10.10):677ページ中「整頓せるときに妻子」とあったのを「整頓せるときに際し」に修正。
三回目(H15.10.13):684ページ中「両国元帥のごういにより」とあったのを「両国元帥の合意により」に修正。また二回目の修正日付をH15.10.17としていたがH15.10.10の誤りなので修正。

  これは勉強になる! K−K 2003/10/09 23:46:19  ツリーへ

Re: F・F・マルテンス『国際法(下)』より参考資料 返事を書く ノートメニュー
K−K <ecoepxmujl> 2003/10/09 23:46:19
これは勉強になる!

 こんにちは、靴屋さん。
 貴重な資料の紹介、ありがとうございます。
 プリントアウトして、ジックリ読ませて頂きます。

   └いえいえ、とんでもありません。昔の書籍を... 靴屋 2003/10/10 00:53:21  ツリーへ

Re: これは勉強になる! 返事を書く ノートメニュー
靴屋 <uypqsyhqon> 2003/10/10 00:53:21
いえいえ、とんでもありません。昔の書籍を入力するのはほとんど初めてでして、今でさえどこか間違ってないか心配で、時々間違いがないかチェックしている有様です。実際今日で二回目の修正をしています(末尾に修正箇所入れるようにしました)。不慣れなもので申し訳ありませんが、ご注意下さい^^;


[思考錯誤INDEX] [掲示板内検索] [問答有用] [南京事件資料集][とほほ空間] [旧K-K掲示板][旧思考錯誤]
新規発言を反映させるにはブラウザの更新ボタンを押してください。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送