−−− 一 戦数は、独逸の學者が
Kriegsraison(kriegsraeson
又はKriegsr<a>son)と名附ける所のものに我が國に於いて普通に與へられる譯語である。クリーグスレーゾンに於ける「レーゾン」はStaatsraisonに於ける「レーゾン」と同じく、緊急的(非常的)必要を意味するものの様である。從つてクリーグスレーゾンは又
Kriegsnotwendigkeit 及び militarische Notwendigkeit
とも呼ばれる。近頃は寧ろ此の方が廣く用ひられる傾向を生じたやうである(一)。英佛に於いてクリーグスレーゾンの譯語としては la raison
de guerre と言ふ言葉も用ひられないでは無いが、一般には la necessite de guerre, necessity of
war
が用ひられる。邦譯に於いても「戦時緊急必要」及び「戦時非常事由」等の譯語も用ひられるが、「戦数」が比較的廣く用ひられ、且つ簡箪であるから、本稿も之を採ることとした。 戦数は戦争法規に優先し、交戦國は戦敷に由つて戦争法規の拘束から免れる、と言ふ説は、独逸に於いて、殊に世界大戦前廣く唱へられた。此の説は和蘭を通じて早くも維新前西周助氏の萬【100】國公法中に紹介昔られ(二)、之に賛成する者と反對する者とが對立して居る。此の論争に對して私見を陳べるのが小稿の目的である。
註 (一)
Verdross, V<o>lkerrecht 一九三七年、二九二頁。Kunz, Kriegsrecht und
Neutralit<a>tsrecht (一九三五年)二六頁。Vanselow,
V<o>lkerrecht(一九三一牢)一七七頁等を参照。 (二)我が國最初の海外留學生として文久三年榎本武揚、津田眞一郎氏等と共に和蘭に派遺せられた西周助氏は慶応二年帰朝し、幕府開成所に於いて國際法を講じたが、英の議義の内容を覗ふべき同氏の著書「和蘭畢酒林氏萬國公法」−−畢酒林は和蘭ライデン大学致授
Vissering
を指す−−の第三巻戦時泰西公法の條規の第二章「戦争の間遵守すべき條規」の章の始めに次の言葉がある。 「文明の諸國戦争の時相對して守るへき條規は三つに定まれり 第一には 所謂本來の戦権 第二には 戦習 第三には 戦勢 所謂本來の戦権は戦を交ふる両國相對するの権と義と又夫局外の國へ對する権と義とに在り。 戦習とは戦を交ふる両國戦ふ時守るへき條規を指す也。 戦勢とは尋常守るへき通規に違ふと雖も非常に臨み巳む可らさる勢に出る処置を名くる也」 フィッセリン氏の議義の原文を見ずして断定することは出來ないが、此処に言ふ「戦勢」は、通常の法規に違ふと雖も非常に臨み止むを得ざるに出づる措置、と説明せられて居るのであるから、後の學者が戦時非常事由又は戦時緊急必要と譯する所と同一のものを指すことは、殆んど疑ひないと思ふ。 明治十年に著はされた、海弗得[ヘフトル]氏萬國公法の邦譯では、右に該當する箇所、即ち原著の
Eigentiches Kriegsrecht, Kriegsmanier, Kriegsr<a>son
と題する箇所は、「戦数」「戦則」「戦略」と譯せられて居る。即ちクリーグスレーゾンは戦略となつて居る。 「戦数」譯語は何人に始まつたかを私は審かにしない。明治三八年発行の高橋作衛著「戦時國際法要論」に此の語は現はれて居る。緒論第三章の題は 「戦数
Kriegsraison, raison de guerre, ratio belli, jus oder titulus
necessitatis」 となつて居る。jus と titulus といふラテン語の間に oder
と云ふ独逸語が挿まつて居るのは奇妙な感じがするが、ホルツェンドルフの國際法ハソドブーフ第四巻のリューダーの戦争法概説の中に
Kriegsraison(raison de guerre, ratio belli oder, wie Grotius sagt, jus
oder titulus
necessitatis) と云ふ言葉がある(二五四頁)。高橋博士の書の原語は此処に由來するもののやうである。 −−−
De
Visscher が戦数を論ずる其の著の中に言ふ様に(三)、戦数の学説を初めて真に體系的な形で述べたのは独逸の十九世紀の学者 Lueder
であり、更に此の説は Christian Meurer
其の他の学者によつて精繊化せられたのである。故に先づリューダーの言を籍りて戦数学説を紹介しよう(四)。 リューダーは戦数の語を、交戦者が戦争法の拘束から免れる場含を総て抱擁する廣い意味の言葉として用ひる。従つて敵が戦争法に違反して行動する爲に我軍も戦争法の拘束から免れて行動する場合と、戦略又は戦術上の非常的必要に基いて戦争法から離脱するの止むなき場合とを含む(二五四頁)。通常の用語に於いて前者は戦時復仇又は戦時報復と稱せられ、後者のみを戦数と呼ぶのであるが、リューダーは二つを戦数の語を以つて蔽ふのである。しかし前者については、「当【101】事者の一方の不履行は、彼をして相手方の履行を請求する権刹を失はしめる」と云ふ法原則の一つの現はれとして、自明の問題であるとして多くの説明を加へす(二五五頁)、後者の説明に移る。 「同様に、戦数が緊急的事態の発生の際に、正當化されることも否定することは出來ない。個人の場含にすら緊急状態が彼の爲す重大な侵害行爲を不可罰のものとするならば、より多くの利益が賭せられて居る戦争に於いては、尚更左様でなくてはならない。故に戦争目的の達成及び重大危険からの回避が戦争法の障壁によつて妨げられ「戦争法の障壁を破ることによつてのみ戦争目的が達せられ、又重大危険が避けられ得るが如き事情の下に於いては、戦争法の障壁を破ることは許される。……勿論かゝる衝突(戦争上の必要と戦争法との)は甚だ例外的にのみ発生するであらう。何となれば戦争法の規則は、恒常行はれる慣習と善く衡量された條約とによつて、原則として遵守され得るやうに作られて居るからである。此等の規則は、通常発生する事実関係の上に打建てられて在ること、恰も國内公法及び私法と同じく、從つて同様に特別の例外的状態のみが遵守を不可能ならしめる。……故に戦数が頻繁に軽々しく勝手氣儘に適用せられ、実際上の使用について戦争法と同一線に立つが如く見なされることは、本來有り得ベからざることである。【102】只例外的にのみ起ることであり、從つて戦数を許すことは元より危険視さるべきことではない。併し一旦例外が発生した時其の例外たる性質に基き原則を排除して、戦数は戦争法に優先する。 戦争法の恒常的有効性は、斯く単に例外的にのみ可能なる戦数の登場によつて保たれる。若し人あつて、戦数が非常の緊急且つ例外的に認めらるべく、且つ認められざるを得ないごとを理由として、「結局拘束力ある戦争法なるものなし、何となれば、戦争法は戦略的必要との衝突と言ふ正に重要な場面に於いて遵守さるることを要せざるものなればなり、故に戦争法なるもの無く、只(法的拘束力なき)戦争の習はし(Kriegsgebrauch)なるもの有るのみ」と稱するならば、其れは所謂的を超えて射るものであり、総ての法的制度及び総ての法規に内在する局限と言ふものを如らないものである。戦数の戦争法に對する関係は、緊急状態の刑法に對する関係に等しい。人は、右の議論と同程度の正しさを以つて、結局刑法なるものなし、何となれば其の規定は緊急状態の場合に遵守さるることを要せざればなり、と言ひ得るであらう。一が誤りならば他も亦誤りなることは明白となるであらう」(二五五-二五六頁) リューダーの説は多くの独逸学者によつて祖述せられたが、其の中モイラーの意見を左に紹介【103】したい(五)。 モイラーは
Kriegsr<a>son oder milit<a>rische Notwendigkeit
として「戦藪」と「軍事的必要」とをシノニムとして用ひる(八頁)。彼は、軍事的必要を(一)Gesetzespolitikと(二)Rechtsdogmatikとの両方面から研究する。 (一)軍事的必要ば、戦争法関係の條約を作るに当つて、充分の顧慮を梯はれるごとを必要とする。條約は戦争の目的を達する爲に必要ならざる加害行爲を禁止するが如く作らるべきであり、共れ以上に亙つて(戦争の目的を達する爲の必要を阻害して迄も)交戦國の行動に制限を加へようとする條約は失敗に帰せねばならぬ(九-一二頁)。 (二)若し実定法規が軍事的必要を阻害するが如く作られてある場含には、軍事的必要は、実定法の設ける障壁の前に停止することを要しない。リューダーの言ふが如く、戦数と戦争法との関係は、刑法上の緊急状態が刑法に對する関係と同一である。軍隊の生存の維持の爲に、又は他の方法によつては避け難き危険を回避する爲に必要な場合、又は其れ白身違法ならざる軍事行動を遂行し、又は其の成功を確保する爲に必要なる場含に執られる軍事的措置は、戦争法の侵犯と【104】ならない(一二-一五頁)。 以上がモイラーの戦数について説くところの要旨である。尚ほ余談に亙るが、リューダー及びモイラーは、戦数によって優先さるべき通常の戦争法規を指す爲にKriegsmanierと云ふ言葉とKriegsrechtと言ふ語とを交互に用ひて居る。後に戦数否定諭者中に述ぶべきオッペンハイム等の学者がKriegsmanierとKriegsrechtとに異る意味を付與し、前者は法たらざる戦時の習はしを指すものであるとし、從つて独逸の法諺Kriegsraison
geht vor Kriegsmanier は、戦数が「法たらざる慣行」に克つことを意味するのみであつて、戦争法規 Kriegsrecht
を破ることを意味しない、と稱するのに鑑みて、右の事実は注意されねばならない。 我が國に於いては、千賀鶴太郎博士の國際公法要義の中に、右のリューダーに類する一節を発見する(六)。 「交戦條規(Kriegsmanier)と相ひ對する者は即ち所謂戦時非常事由(Kriegsraison)是なり戦時非常事由とは非常の場含に際して交戦條規に背くことを許すをi云ふ而して斯る非常の場含に二種の別あり即ち【105】 第一種は對手國に於いて先に交戦條規を犯したるに因り報仇として我よりも亦之を犯すことを云ふ報仇は戦時に於ては平時よりも一層之を利用すること多し時としては報仇を行はさるか爲に却て我軍の夫敗を來すとと無きに非す但し戦争中第三國の同惰を得んか爲めには成るへく報仇を行はさるを可とす就中無益の報仇は一切之を行ふへからす 第二種は特別の事情あるか爲めに交戦條規に背きて我敗衂を防止する者を云ふ例へは城塞を攻むる爲めに已むを得す近傍の民家を焼き盡すとも可なり又俘虜の数非常に多くして遙に我兵員の上に出て且つ蜂起する虞ある時に悉く之を銃殺するとも可なり此種の場含に於て戦時非常事由は其性質たるや交戦中の緊急法に属す既に緊急法とあれは之を濫用することを許さす殊に第三國の同情を得んと欲する時は決して之を口実として容易に交戦條規を犯すへからす」 又高橋作衛博士の戦時國際法要義は、戦数に関する独逸学者の説と、英國学者の反對説とを掲げ、自説としては 「余の見る所を以てすれば今日の実際に於て必数の原則は之を認むるを可とす」 と言はれる(七)。【106】
註 (三)De
Visscher, Les lois de la guerre et la theorie de la ne'cessite'
佛國際公法雑誌一九一七年抜刷、二七頁。 (四)Holtzendorff, Handbuch des
V<o>lkerrechts 第四巻、一八八九年、二五三頁以下。 (五)Christian Meurer, Die
Haager Friedens-Konferenz
第二巻、七頁以下。 (六)千賀鶴太郎、國際公法要義、七版、四五六頁以下。 (七)高橋作衛、前掲(註二の終りに在り)、一一頁以下。 −−−
右の戦数の理論に對して反對論を詳しく述べた者の嚆矢は英國のウェストレーキであらうと思はれる。 リューダーがホルツェンドルフの國際法ハンドブーフの第四巻に戦争法概論を書き、其の中に戦数の理論を説いた五年後に、ウェストレーキは「國際法の原理に関する数章」と題する書を著はし、其の中にリューダーの説を精密に譯出して、之に對する反對意見を述べた(八)。又同一の見解は、彼の國際法教科書の中にも、簡単ではあるが説かれて居る(九)。ウェストレーキの説は、我か國に於いて高橋博士の「戦時國際法要論」の中に比較的詳しく紹介されて居るから、此処に省くこととする(一〇)。 オッペンハイムも亦戦敷の反對者として著名である(一一)。其の國際法教科書の第二巻戦時の部に、戦争法の起源を説くに当り、戦争法は始め
usages, manners of
warfare(戦時の慣行、戦争の習はし)として発生し、次第に慣習及び條約によつて法規となつたものである、と説き、【107】独逸語に言ふ
Kriegsmanier も右の manners of warfare
と同義語であるとする(六七齣)。次に、戦争法の拘束カを説くに当り、 「独逸の法諺 Kriegsraeson geht vor
Kriegsmanier は、戦争方法が未だ慣習法及び國際條約より成る戦争法規によつて規整せられずして、只戦争の習はし(Manier,
Brauch)によつてのみ規整せられて居た時代に発生し、認められたものであり、其の言はんとする所は、戦時の必要は、戦争の習はしを破る、と言ふことである。然るに今日戦争方法は最早や習はしによつてのみ規整せられずして、大部分は法規によつて−−國際條約又は一般的慣習によつて承認せられたる確固たる規則によつて−−規整せられる。此等の條約及び慣習上の規則は、自己保存の必要ある場含に適用なきが如く作られて居るものを除き、必要によつて破られ得ない。故に例へば毒を施せる武器及び毒物の使用を禁止し、又敵軍に属する個人を背信的に殺傷することを許さずとする規則は、たとへ之を破ることが重大なる危険を避け又は戦争の目的を達成する結果を齎す場含と難も、拘束力を失はない。海牙陸戦條規の第二十二條は明白に、交戦者が敵を害する手段を選擇する権利は無制限にあらず、と規定する。そして此の規則は必要の場含にも拘束力を失はない。軍事的【108】必要の場含に無視することが許されるのは、戦争法規ではなくして、たゞ戦争の習はしである。Kriegsraeson
geht vor Kriegsmanier, but not vor
Kriegsrecht!」(六九齣)。 此のオッペンハイムが独逸の法諺に與へた解釋は、ド・ヴィッシェルの著「戦争法規と必要の理論」の中にも引用せられ、賛意を表せられて居る(一二)。 又類似の説はファンぜロウによつても述べられて居る(一三)。 「Kriegsbrauch,
Kriegsmanier
とは、成文的戦争法発生以前に於いて、将軍及び軍隊が相互間の武士道的行動の不文法典に自発的に拘束されることを言ふのである(die
freiwlligen Bindungen der Heerf<u>hrer und Truppen an einen
ungeschriebenen Code des ehrenhaften Veehaltens
gegeneinander)。只戦数−−國家又は軍隊が滅亡を免れる爲に総ての手段を盡さざるを得ない急迫状態のみが、Kriegsbrauch
の無視を許さるべきものとした。條約的戦争法は、今日尚ほ恒常的行動からの離脱が詐され得ることを指示する場合がある(事情の詐す限り、と言ふ約款の存する場含が之である)。條約に此の指示を欠く時、條約法規の侵犯は戦数によって辯解され得ない。」【109】 オッペンハィムが
Kriegsmanier
を以つて、戦争法に對立するものとし、法たらざる慣行を意味するものと解するに反して、ファンぜロウは、條約法に對立する不文法典を指すものと解するが、しかし「自発的拘束」といふ言葉を用ひて居る所から察すれば、法的拘束力なき規則と解する点に於いて異らない様である。是等の学者は「戦数は
Kriegsmnier に優先す」といふ格言を、其の Kriegsmanier
と言ふ語に法たらざる慣行と言ふ意味を付與して、自説と調和せしめようとするのである。此の解釋の下に於いて此の格言は法律上は無意味のものとならねばならぬ。併し之が正しい解釋であるか否かは疑問であらう。少くともリューダー、モイラーの如き十九世紀独逸の戦争法の権威は、Kriegsmanier
を斯く解せず、時として Kriegsrecht と Kriegsmanier とを混合的に使用するのである(一四)。 戦数否定説は
Rodick
の「國際法に於ける必要の理諭」の中にも説かれて居る。此の書は第一章を初期の國際法学説の研究に充て、第二章乃至第五章を平時國際法に於ける必要の理論の研究に、又第六葦以下を戦時國際法上の夫れに充てて居る。後者が戦数に関係するのであるが、其の要旨は次の様である(一五)。 軍事的必要に関して二つの学説がある。第一説によれば、軍事的必要によつて戦争法規を破ることが許されるのは、法規自身が豫めこれについて明示的許容を與へて居る場合に限られる。此の説は大體英米の学者の採る所である。第二説は
Kriegsraison geht vor Kriegsmanier
といふ格言によつて表現される。此の説が最も廣く流布して居るのは独逸であり、其の言はんとする所は、戦争法規は通常の場合尊重せらるるを要するとは言へ、戦争法規が國家の終局的安全に對して制限を加へるごとは許さるべきでなく、從つて死活的必要の事態は法規の侵犯を正当化する、と一言ふに在る様である(五九頁)。 此の二つの見解の内、著者は第一のもの、即ち必要の理論は、法規が之を用ふることの許容を豫め與へた場含に限られねばならぬと言ふ見解を、唯一の法律的正当なものとして賛成する。第二説は海牙陸戦條規の文字及び精榊に反する。此の條規を附属書とする條約の前文に、此の條規の各條は「締約國の所見によれば、軍事上の必要の許す限り戦争の惨害を軽減せんとするの希望によつて」制定されたものであることが述べられて在る。此の言葉を、此の條規の若千の規則が軍事的必要ある場令適用なしとの條項によつて現に制限されて居る事実と併せ考へるとき、又更【111】に海牙條規第二十二條が「敵を害する手段を選擇する交戦者の権利は無制限に非ず」と明言し、面して此の規則は必要の場含にも拘束を夫はないと言ふ事実をも考へる時は、海牙條規の制定者が必要の含法的行使(緊急権の合法的行使)を、法規が其の使用につき明示的許可を與へる場含に限らうとしたと言ふ結論に達することは疑ひを容れない様に思はれる(六〇-六一頁)。 続いてロディックは緊急権の合法的行使の爲され得べき場合を、陸戦法及海戦法の各個の法規について説明する(六一-一一八頁)。不思議にも彼の例示の中には、法規が「軍事的必要なき限り」と言ふ明示的條款を含んで居ない場含が往々あつて、上述の一般的立言と矛盾を來すのである。然しこの弊は単にロディックに特有なものではなく、オッペンハイムの書もウェストレーキの書も同様である。後に第七項に於いて此のことは詳しく説明するであらう。
註 (八)Westiake,
Chapters on the principles of International Law
一八九四年、二三八−二四四頁。 (九)同氏、國際法、第二巻、第二版、一九二二年、一二六−一二八頁。 (一〇)高橋作衛、前掲、一四一九頁 (一一)Oppenheim
國際法、第二巻。本文に引用せる六七齣、六九齣は、第五版によれば、一八七頁及び一九三−一九四頁。 (一二)De
Visscher前掲(註三にあり)、二九−三〇頁。及び三六頁。 (一三)Vanselow V<o>lkerrecht
一九三一年、一七七頁。 (一四)リューダについては、ホルツェンドルフ前掲書(註四にあり)、二五四頁。モイラーについては、前掲書(註五)一五頁以下。 (一五)Rodick,
The doctrine of Necessity in International Law
一九二八年、五八頁以下。 −−−
戦数はそもそも、「Kriegsrason
geht vor
Kriegsmanier(戦数は戦規に優先する)」という法諺にみられるような論理、これ自体が国際法学者の反対論者が反対する動機であり、このようにいわば戦争法を無効化してしまうような論理こそが否定されるのである。従って「戦数は否定されていない」と主張する場合でも、それは必ずその正当化となる根拠を示した上で主張されなければならず、ここで否定された肯定論とても「緊急権」を根拠としているように、単に「戦数によって戦争法を逸脱出来る(ことは否定されていない)」などと主張することは許されるべきではないと思う。 <次項に続く>
註 (二一)ウェストレーキ、前掲(詳九の方)、八一−二頁。 (二二)オッペンハイム、前掲(註一一)、§109第三版によれば、一六九−一〇七頁。本文にのベたる如く第四版以下は修正されたり。 (二三)Spaight,
War rights on land
一九一一年、九三-九四頁。 (二四)Lawrence國際法、第三版、三三七頁。其の後の版には此の記事は省かれて居る。 (二五)ロディック前掲(註一五)七〇頁。 (二六)同書、七九頁。 (二七)同書、九五頁。 虜(二八)ウェストレーキ前掲(註八の方)二四四頁。同氏前掲(註九の方)、一五七-一五八頁。 −−−