「国際安全委員会と食糧問題」なるコンテンツづくりに取り組んでいます。ネットでよく見かける「食糧供与をするために人口の掌握が必要」だったのだから「国際委員会は人口を把握していたはずである。従って「20万人説」は正しい」という無茶な論に対して、国際委員会が実際にはどれだけの「食糧」を確保してどれだけの量を供給したのか、の解説を試みるものです。
ところが、材料のひとつに使おうと考えている「ラーベ日記」の翻訳が、あまりにもひどい。この部分で手間どって、難航しているところです。
しかし、これはこれで面白いテーマですので、翻訳がどれだけひどいのか、少し解説してみましょう。
事例1 12月1日
(「南京の真実」の翻訳文) 九時半に、クレーガー、シュペアリング両人と平倉巷で開かれる委員会へ行く。いろいろな役目をわりふって、名簿を作る。馬市長が部下を連れて現れ、米三万袋と小麦粉一万袋を提供すると約束。残念ながらそれを難民地域まで運ぶトラックがない。米と小麦粉は売ればいい。できるだけ高値で。難民用の給食所をつくる予定だ。 (文庫版P85)
このうち、「米と小麦粉は売ればいい。できるだけ高値で。」の部分。
(英訳文) We
can sell the rice and flour, but we have to fix the
price.
(「ゆう」試訳) 我々は米と小麦粉を売ることができる。しかし価格を決めなければならない。
(解説) 「できるだけ高値で」なんて、どこにも書いていません。これでは、「国際委員会」が利益をあげるために米の販売を行おうとしていたかのような「誤解」が生じます。
事例2 12月2日
(「南京の真実」の翻訳文) 米と小麦粉を運ぼうにも車が手にはいらない。せっかくもらったのに、一部、安全区からうんと離れたところで野ざらしになっている。どうやら軍部にかなり米をもって行かれたらしい。三万袋のうち、わずかその半分しか残っていないという。 (文庫版 P90)
(英訳文) We're
having great difficulty finding vehicles to transport the rice and flour
placed at our disposal, some of which is stored outside the Safety Zone
without anyone guarding it. We're told that large quantities have
already been removed by military authorities. Allegedly only 15,000
sacks of rice are still left of the 30,000 given
us.
(「ゆう」試訳) 我々は、自分たちが自由に処分できる米と小麦粉を運ぶための車輌をみつけるのに、大きな困難に直面している。そのうちいくらかは誰も警護する者がいないままに安全区の外に備蓄されているのだ。我々は、既に大きな分量が軍当局によって持ち運び去られていると聞かされた。噂では、我々に与えられた三万袋のうち、わずか一万五千袋しか残されていないという。
(解説) 「安全区からうんと離れたところ」なんて表現は、見当たりません。またallegedlyは「事実かどうかはわからないが、聞くところによると」というニュアンスの単語であり、翻訳ではこのニュアンスがうまく伝わりません(板倉氏など、これを「事実」ととらえてラーベ批判を行っています)。"15,000"を「半分」と訳すのも、間違いではないにしても、乱暴です。全体の意味がそう変わるものではないものの、いいかげんな翻訳です。
事例3 12月7日
(「南京の真実」の翻訳文) これから文字通りの無一文の連中がやってくる。そういう人たちのために、学校や大学を開放しなければならない。みな共同宿舎で寝泊まりし、大きな公営給食所で食べ物をもらうことになるだろう。受けとるはずの食糧のうち、ここに運び入れることができたのはたった四分の一だ。なにしろ車がなかったので、いいように軍隊に徴発されてしまった。 (文庫版P98)
このうち、「なにしろ車がなかったので、いいように軍隊に徴発されてしまった」の部分。
(英訳版) We've
been able at best to get a quarter of the food promised us into the
Zone, because we don't have enough vehicles, which are constantly being
commandeered by the
military.
(「ゆう」試訳) 我々は約束された食糧のうち、せいぜい四分の一を安全区に運ぶことができたにすぎない。というのは、我々は十分な車輌を持っていないからだ。車輌は常時軍の徴発にあっている。
(解説) 明白な誤訳。軍に徴発されたのは、「食糧」ではなく「車輌」です。「中国軍」が国際委員会の食糧を奪ったのかどうかはちょっと微妙なところですので、この誤訳は罪が重い。
事例4 12月9日
(「南京の真実」の翻訳文) いまだに米を運びこむ作業が終わらない。そのうえ、作業中のトラックが一台やられてしまった。苦力がひとり、片目をなくして病院へ運ばれた。委員会が面倒を見るだろう。残っていたアメリカ人たちといっしょに、ドイツ大使館のシャルヘンベルク、ヒュルター、ローゼンの三人も船に乗っているが、もし状況が落ち着けば、今晩会議のために上陸するつもりでいる。
さっきとは別のトラックで米を取りに行っていた連中がおいおい泣きながら戻ってきた。中華門が爆撃されたらしい。泣きながらいうところによると、はじめ歩哨はだめだといったが、結局通してくれた。ところが米を積んで戻ってみると、およそ四十人いた歩哨のうちだれ一人生きてはいなかったという。 (文庫版 P103)
このうち、「いまだに米を運びこむ作業が終わらない」の部分です。
(英訳版) We
are still busy transporting rice from outside the
city.
(「ゆう」試訳) 我々は、市外から米を運びこむのになお忙しい。
(解説) 元の文では、「今現在忙しい」という「状態」を述べているだけなのに、「南京の真実」ではまだまだ運んでいない分が大量に存在する、ということになってしまいます。「事実関係」としては一応間違いないのかもしれませんが、これまたいいかげんな訳です。
なお、もう面倒なので「英訳紹介」は省きますが、後半の文でも、「米を取りに行っていた」「米を積んで戻ってみると」とのフレーズは英訳版には存在しません。
以上、私が取り上げようとしていた4つのフレーズが、英訳版を確認したところ、すべて「誤訳」あるいは「いいかげんな訳」でした。しかしこれ、東中野氏や田中氏の「いいかげんさ」に匹敵しますね。こんなものを信じて「議論」を行ったら、大変なことになります(^^)
渡辺さん、翻訳者に抗議されるご意向でしたら、私もおつきあいします。(笑)
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