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南京30万人大虐殺 QBC 2004/05/22 17:22:43
└ Re:南京30万人大虐殺 渡辺 2004/05/25 01:30:50
└ こんばんは! QBC 2004/05/30 19:13:24
├ しかし、南京大虐殺記念館には、この電文が... K−K 2004/05/30 21:43:59
└ Re:電文 渡辺 2004/05/30 23:34:30 (修正2回)
└ どうして「南京30万人大虐殺」とこの電文が... QBC 2004/05/31 18:59:13
└ Re:Timperleyの電文 渡辺 2004/05/31 23:43:43 (修正1回)
南京30万人大虐殺 QBC 2004/05/22 17:22:43 ツリーへ
南京30万人大虐殺
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QBC <udewebbjij>
2004/05/22 17:22:43
南京『30万人』大虐殺ですが、私はこの『30万人』は Timpaleyの考えた、嘘だと思います。 彼は、1938年1月に電文を打ってますが、 そこで既に『30万人』を言ってます。 当時、この数字を言ったのは彼だけで、他の誰も 『30万人』が虐殺されたとは言いませんし、知りません。 何故、彼だけが『30万人』大虐殺を知り得たのでしょうか?
└ Re:南京30万人大虐殺 渡辺 2004/05/25 01:30:50 ツリーへ
Re: 南京30万人大虐殺
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渡辺 <oogeblxyju>
2004/05/25 01:30:50
Re:南京30万人大虐殺 QBCさん、 渡辺と申します。返信する人が他に無いようなので、私が返信いたします。 しかし、ご投稿の内容に分からないところがあるので、まず、それにお答をお願いいたします。 >彼は、1938年1月に電文を打ってますが、 >そこで既に『30万人』を言ってます。 質問1:電文の問題の個所は、どのような文面でしょうか? >当時、この数字を言ったのは彼だけで、他の誰も >『30万人』が虐殺されたとは言いませんし、知りません。 >何故、彼だけが『30万人』大虐殺を知り得たのでしょうか? 質問2:その電文には、『30万人』大虐殺が南京であったと書いてあるのでしょうか。 質問3:ご投稿の内容は、ご自分で電文などの資料を調べた上で書かれたことでしょうか。それとも、誰かの論考を読まれたのでしょうか。 以上、宜しくお願いいたします。
└ こんばんは! QBC 2004/05/30 19:13:24 ツリーへ
Re: Re:南京30万人大虐殺
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QBC <udewebbjij>
2004/05/30 19:13:24
こんばんは! (Not)less than three hundred thousand Chinese
civilians slaughtered, many cases (in) cold
blood. こんな感じみたいです。正確には、南京とその他の場所みたいですね。 しかし、南京大虐殺記念館には、この電文が南京30万人大虐殺の 証拠として展示されてるし、30万人の出所もこの電文の数字だと 思います。なので、この数字が現在に到るまで使われてるし、 証拠になってるので、何故彼はこれを知りえたのか疑問なので。 せめて、彼がどうやって知ったのかの根拠などが分かればと・・・。
├ しかし、南京大虐殺記念館には、この電文が... K−K 2004/05/30 21:43:59 ツリーへ
Re: こんばんは!
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K−K <ecoepxmujl>
2004/05/30 21:43:59
>しかし、南京大虐殺記念館には、この電文が南京30万人大虐殺の >証拠として展示されてるし、30万人の出所もこの電文の数字だと >思います。 中国側の虐殺30万人の見解は、戦犯法廷時から為されていましたので、「30万人の出所もこの電文の数字だ」とはいえないでしょう。
└ Re:電文 渡辺 2004/05/30 23:34:30 (修正2回) ツリーへ
Re: こんばんは!
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渡辺 <oogeblxyju>
2004/05/30 23:34:30 ** この記事は2回修正されてます
Re:電文 QBCさん:> --- (Not)less than three
hundred thousand Chinese civilians slaughtered, many cases (in) cold
blood. こんな感じみたいです。 --- それは、アイリスチャンの本に掲載された広田弘毅が転送した電文のことではないでしょうか。アイリスチャンが公開するまでは、知られていなかったものです。南イリノイ大学のTian-wei
Wu教授が発見したと、あるサイトにありました。 ちなみに、私はその電文の原文(Timperleyが手紙で The
Manchester Guardian
へ送ったもの)の写しを所蔵しています。その個所は元の電文ではこうなっています。 --- survey by one
competent foreign observer indicates in yangtze delta no less than three
hundred thousand chineese civilians slaughtered many cases cold blod
stop ある適格な(有能な)外国人の目撃者による調査が示すところでは、揚子江デルタ地帯で30万人もの中国市民が虐殺されたが、多くの場合は残虐に殺された。[引用者訳] --- "What
War Means"pp.84-85 (Chapter VI CITIES OF DREAD)
に、ほぼ同じ記述がでてきます。 --- According to a creful estimate made by a
foreign observer who had visited these regions on several occasions,
both before and after the Japanese occupation, at least 300,000 Chinese
civilians have lost their lives as a result of the Sino-Japanese
hostilities in the Yangtze Delta. (邦訳は『日中戦争史資料 9』p.61
にあります。) --- ここで、"a foreign observer "
がジャキノ神父(上海国際赤十字の要職にあり、その難民委員会の責任者でもあった)であることは、Timperley
の1938年3月28日付けの手紙に書かれています。[『南京事件資料集 1アメリカ関係資料編』pp.374-375]すなわち、広田電にある"
one competent foreign observer "もジャキノ神父です。 ニュースソースを示す"survey by one
competent foreign observer indicates in yangtze
delta"が、なぜか広田電では削除されています。そのため、意味が曖昧になっているわけです。 原文では、明らかに揚子江デルタと地域が明記され、南京事件の犠牲者数と直接の関係はありません。この電文が南京事件の犠牲者数を示しているとしたのは、アイリスチャンが初めてで、しかも誤解でした。 どうして「南京30万人大虐殺」とこの電文が関係があると思われたのでしょうか?これは、前の投稿でお尋ねしたことなんですが。 (電文の元文については触れていませんが、揚子江デルタの「30万人」については、『季刊 中帰連』22号[2002年秋]p.94<もとめているのは「実像」か「虚像」か? 北村稔『「南京事件」の探求 その実像をもとめて』を批判する>に書きました。詳しくは、そちらをご覧ください。)
└ どうして「南京30万人大虐殺」とこの電文が... QBC 2004/05/31 18:59:13 ツリーへ
└ Re:Timperleyの電文 渡辺 2004/05/31 23:43:43 (修正1回) ツリーへ
Re: どうして「南京30万人大虐殺」とこの電文が...
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渡辺 <oogeblxyju>
2004/05/31 23:43:43 ** この記事は1回修正されてます
Re:Timperleyの電文 QBCさん:>中国のサイトを調べると、確かにそのように説明されてるし、記念館にも証拠として展示されてるみたいです。 >ただ、何故か中国では、広田自身が大虐殺を認知したみたいに成ってますが・・・。 千龍網.com
の記述は、アイリスチャンの本の受け売りでしょう。 広田電の "Nanking (and) elsewhere"
は「南京とその他の地域」ということであり、必ずしも南京でという意味ではありません。Timperleyの"What war
means"の記述と比較すると、これは揚子江デルタ地帯(華中)の被害についてのことであると判定できるわけです。このことは、笠原十九司氏がアイリスチャンに会ったとき指摘しました。[藤原彰編『南京事件をどうみるか』青木書店,1998年,
p.176] しかし、広田電では、ニュースソースと場所が揚子江デルタと書かれている個所が削除されていたので、電文だけ見るとアイリスチャンの解釈が成り立たないわけでもなかったのです。Timperley本人がこの電文の原文を書いた手紙が、2002年に発見されたので、アイリスチャンの解釈が成り立たないことは確実となりました。(この手紙は、まだ公開されていません。) 今後、ジャキノ神父が、どのような事実に基付いて戦争被害を算定していたのか、その資料を探す必要があります。 以上のように、Timperleyの電文は南京事件の被害者数について述べたものではありません。また、軍民合わせて「30万余」は南京軍事法廷の判定ですが、この電文の「30万」と関係があるという根拠はありません。 そもそも、Timperley
が日本の検閲で差し押さえられたこの電文は、当時の新聞・雑誌に掲載されたことがないようです。従って、軍事裁判の参考にすることは不可能と考えられます。 たまたま、30万という数が同じだということで、アイリスチャン本や北村稔本のように、これだこれだと言うのでは困ったものです。