--- だが、植民地支配という歴史と北朝鮮による拉致は同じ次元の問題ではない。北朝鮮の対日非難に通ずるかのような物言いは、日韓関係にとって逆効果だ。小泉首相は北朝鮮との過去の清算をめざして2度の訪朝をしたが、交渉の進展を妨げているのはむしろ北朝鮮である。大統領はそこを冷静に見てほしい。
---2005年03月02日付朝日社説より---
朝日に問いたい。 では、何年を経過すると問題は歴史の次元の問題として語られて良いのだろうか?我々がそれを歴史の問題、過去の出来事と位置づける事が出来るのはその悪性を真摯に認め過去を反省して初めて、それもそれを決めるのは我々ではないのではなかろうか? 過去の清算を目指すものがなぜ靖国などを参拝できるのであろうか?小泉が目指したものは清算ではなく精算である。
清算とは何か?と大統領はドイツを例に提示しているのである。もちろん我々がドイツのように対応する必要もない、もしかしたら我々には自分の親を裁く事は出来ないかもしれない、であれば裁かれるべきは我々ではなかろうか。
大統領が恐れているものは、政府の態度ではない、小泉の靖国参拝でもない、お上の態度でもない、我々である、小泉の靖国参拝を当然の如く受け入れている我々である、石原慎太郎を都知事にしている我々である。トップが頭下げたらそれで良しとする我々の文化である。
過去を清算するとはそう言うことである。 過去と拉致問題を相殺してはならない、相生することが「清算」ではなかろうか?国交正常化とはそう言うことではなかろうか?朝日の社説がこれでは日本はまた孤立化の道を行くしかない。 |