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[4936]沖縄戦裁判・本人尋問 ピッポ 07/11/7(水) 9:04
[4941]Re(1):「軍命令あったと考える」大江さん ピッポ 07/11/9(金) 20:12
[4946]Re(2):大江さん「軍の命令」 ピッポ 07/11/10(土) 10:51
[4950]Re(3):大江健三郎証言詳報・沖縄タイムズ ピッポ 07/11/10(土) 21:00
[4942]Re(1):元隊長、集団自決「強制」を否定 ピッポ 07/11/9(金) 20:17
[4943]Re(1):元隊長、関与を否定/命令は「那覇から」 ピッポ 07/11/10(土) 6:26
[4947]Re(2):梅澤氏、自決命令を否定 ピッポ 07/11/10(土) 10:53
[4948]Re(1):昭和十九年十一月三日県民決起大会? ピッポ 07/11/10(土) 12:03
[5012]原告側弁護士が業務停止1年 指環 07/12/3(月) 12:27
[5013]懲戒弁護士の中島修三は「つくる会」の初代東京支部長 指環 07/12/3(月) 16:07
[6149]Re(1):沖縄戦裁判・本人尋問 かず色 09/1/11(日) 17:35
[6217]Re(2):紛屋稼業数色流石 ピッポ 09/1/13(火) 21:28
[6250]Re(3):紛屋稼業流石 (追記) ピッポ 09/1/15(木) 23:26

[4936]沖縄戦裁判・本人尋問
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 ピッポ E-MAIL  - 07/11/7(水) 9:04 -

引用なし
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   沖縄戦裁判は明後日いよいよ本人尋問です。
これまでの経過はこちらから拾ってください。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/5.html#id_1e11e132

izaブログから引用します。
http://ni0615.iza.ne.jp/blog/entry/377669/
***********************

沖縄戦裁判は明後日11月9日の口頭弁論で、民事訴訟の原告・被告双方の本人尋問が行われる。

大阪地方裁判所・11月9日10時
・10時半〜正午     梅澤 裕氏 証人尋問
・13時半〜14時10分 赤松 秀一氏 証人喚問
・14時半〜16時半   大江 健三郎氏 証人喚問

トップバッターの原告梅澤 裕氏は、沖縄戦当時海上挺進第1戦隊隊長陸軍少佐、沖縄県慶良間列島座間味島の戦闘司令官であった。
原告赤松 秀一氏の兄故赤松嘉次氏は、沖縄戦当時海上挺進第3戦隊隊長陸軍大尉、沖縄県慶良間列島渡嘉敷島の戦闘司令官であった。


慶良間列島の座間味・渡嘉敷島における強制集団死(「集団自決」)の事実

1945年3月26日 座間味島に米軍が上陸、産業組合の壕で67名、他の壕を合わせると178人が集団死(日本軍の将兵の戦死者は369人=「慶良間戦における座間味島での戦没者」)。このほか慶留間島で53人が集団死

1945年3月28日 渡嘉敷島に米軍が上陸、事前に兵器軍曹が配った手榴弾などで329人が集団死。(日本軍将兵76人、軍人軍属87人、防衛隊員41人、一般住民368人が犠牲となる=「渡嘉敷島の歴史」)


いわゆる「集団自決」のことだが、被告大江健三郎氏は著書「沖縄ノート」では、匿名表記をしたにも拘わらず、「二人の命令で集団自決が起きたことを前提に書いた」、と名誉毀損で訴えられた。

その訴えの根拠となる「事実」としているのが、曽野綾子氏の「ある神話の背景」というノンフィクション小説である。曽野氏は、赤松嘉次氏本人の取材から出発して、たんねんに調べて渡嘉敷島では「赤松隊長の自決命令はなかった」という新たな神話を書き上げた。(1973年)

原告が裁判で「小説」を証拠に提出するのは異様な光景だが、小説家でもないのにそれに便乗して安直な創作をしてしまう御仁も困りものである。


曽野綾子氏は、努力して「新しい神話」を世に送った。
桜井よしこ氏は、安直に「新しい神話」を書いて、失笑を浴びた。(2007年)



桜井よしこ氏の「創作神話」とは、座間島の梅澤裕隊長についてのものである。

当ブログ読者のために、
忘れてしまったはずの梅澤裕氏本人が、後に自己弁護で創作したと弁護団などから疑われている部分を緑で、
梅澤裕氏本人が言ってないことで桜井氏の創作、もしくは明らかに事実でない事柄を赤で示します。

なおこのエントリーは、梅澤裕氏本人の裁判所での陳述を参照しながら読んでください。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/633.html#id_9a797dd1


「櫻井よしこブログ」沖縄集団自決、梅澤隊長の濡れ衣
『週刊新潮』'07年1月4日・11日号初出

いよいよ明日にも敵が上陸という翌20年3月24日夜10時頃、司令本部の基地隊に、村民代表5名が訪ねてきた。助役、役場の者、小学校の校長、警察官、女子青年団長だった。

助役の○盛○氏が言った。

いよいよ敵が上陸しそうです。長い間、御苦労様でしたが、お別れに来ました。私たちは前から、年寄り、女子供、赤ん坊は軍の足手まといになるため、死ぬと決めています

梅澤氏は本当に驚いた。

「戦国時代の物語として聞いたようなことを
まさか、沖縄の人が言うとは思いませんでした

と語る。

だが、○里助役は続けた。
自決の方法がわかりません。我々皆が集まって円陣を作ります。その真ん中で爆薬を爆破させて下さい」

そんなことは出来ない」
と梅澤氏。


「それなら役場に小銃が3丁ありますから弾を下さい。手榴弾を下さい」
と○里助役。

馬鹿なことを言うな! 死ぬんじゃない。今まで何のために戦闘準備をしたのか。みんなあなた方を守り日本を守るためじゃないか。あなたたちは部隊のずっと後ろの方、島の反対側に避難していれば良いのだ」
梅澤氏は諭して、5人に言った。

食糧も山中の壕に一杯蓄えてある。そこに避難しなさい。死ぬなど馬鹿な考えを起こしてはいけないよ

翌日、文字どおり地獄の戦闘が始まった。梅澤氏は部下の6割を失って、遂に敗北した。戦闘に没頭していた氏らは、住民たちのその後の動き、約800名中172名が集団自決した事実を知らなかった。


当時のこと住民のことなどすっかり忘れてしまっていた梅澤裕氏が、宮城初枝氏からきいた(1982年)、そのときの様子はこうだ。

それからまもなくして、隊長が出て来られたのです。助役は隊長に、

「もはや最期の時が来ました。私たちも精根をつくして軍に協力致します。それで若者たちは軍に協力させ、老人と子供たちは軍の足手まといにならぬよう、忠魂碑の前で玉砕させようと思いますので弾薬をください」

と申し出ました。

私はこれを聞いた時、ほんとに息もつまらんばかりに驚きました。重苦しい沈黙がしばらく続きました。隊長もまた片ひざを立て、垂直に立てた軍刀で体を支えるかのように、つかの部分に手を組んでアゴをのせたまま、じーっと目を閉じたっきりでした。

私の心が、千々に乱れるのがわかります。明朝、敵が上陸すると、やはり女性は弄ばれたうえで殺されるのかと、私は、最悪の事態を考え、動揺する心を鎮める事ができません。やがて沈黙は破れました。

隊長は沈痛な面持ちで

「今晩は一応お帰りください。お帰りください」

と、私たちの申し出を断ったのです。私たちもしかたなくそこを引きあげて来ました。


ご本人の梅澤元隊長が、自己弁護のために、話を飾り立てるのは気持ちとしてよく分かる。しかし、売れっ子評論家かどうかは知らないけど、事実を確認もせずに『創作物語』を書いて世間を惑わすことは、許されるものではない。

こうして、「梅澤戦隊長は人道主義者だった」という『神話』が完成されようとしている。次のステップは、集団強制死を「国のために自らの命を捨てた」殉死として美しく飾ることなのだろう。
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[4941]Re(1):「軍命令あったと考える...
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 ピッポ E-MAIL  - 07/11/9(金) 20:12 -

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   「軍命令あったと考える」 集団自決訴訟で大江さん
2007年11月9日 17時53分

 証言のため大阪地裁に入る作家の大江健三郎さん=9日午後


 太平洋戦争末期の沖縄戦で、軍指揮官が「集団自決」を命じたとする本の記述をめぐる訴訟は9日、大阪地裁(深見敏正裁判長)で引き続き口頭弁論があり、ノーベル賞作家の大江健三郎さんが出廷。座間味、渡嘉敷両島での集団自決について「軍の命令があったと考えている」と証言した。

 大江さんは証言に先立ち陳述書を提出。この中で「集団自決は戦争下の国、日本軍、現地の軍までを貫くタテの構造の力で島民に強制された。命令書があるかないかというレベルのものではない」との考えを示した。

 両島で1945年3月に起きた集団自決をめぐり、大江さんの「沖縄ノート」など3冊の本は守備隊の命令があったと記述。座間味島の守備隊長だった原告梅沢裕さん(90)らは「誤った記述で非道な人物と認識される」として2005年8月、岩波書店と大江さんに出版差し止めなどを求め提訴した。

(共同)

210 hits

[4942]Re(1):元隊長、集団自決「強制...
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 ピッポ E-MAIL  - 07/11/9(金) 20:17 -

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   元隊長、集団自決「強制」を否定 「沖縄ノート」訴訟
2007年11月09日Asahi
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200711090019.html

 太平洋戦争末期の沖縄戦で住民に「集団自決」を命じたように書かれて名誉を傷つけられたとして、旧日本軍の元隊長らが岩波新書「沖縄ノート」著者の大江健三郎さん(72)と出版元の岩波書店に出版差し止めや慰謝料1500万円を求めた訴訟で、原告・被告双方に尋問をする口頭弁論が9日午前、大阪地裁で始まり、元隊長は「自決命令なんか出していない」と「強制」を否定した。大江さんの陳述は午後にあり、証言が多数あることを示して反論するとみられる。


大阪地裁に入る原告の梅沢裕さん(左)と赤松秀一さん=9日午前10時すぎ、大阪市北区で
   
 高校日本史教科書の検定で「強制」の記述が削除されるきっかけになった裁判は、ノーベル賞作家と元隊長が出廷する山場を迎え、693人が65の一般傍聴席を求めて列をつくった。

 原告は、座間味島の部隊を統括する戦隊長で少佐だった梅沢裕さん(90)と、渡嘉敷島の戦隊長で大尉だった赤松嘉次さん(故人)の弟秀一さん(74)。両島は沖縄西南部にあり、地元郷土史などによると、米軍が上陸した1945(昭和20)年3月に座間味で約130人、渡嘉敷で300人以上の住民が集団自決したとされる。

 大江さんは「沖縄ノート」で、証言を集めた文献を引用しながら、日本軍の命令で集団自決が両島であったと触れ、実名を出さずに「責任者はいまなお、沖縄にむけてなにひとつあがなっていない」などと記した。

 梅沢さんは原告側弁護士の質問で、米軍の空襲が始まった後、村人5人から「軍の足手まといにならないよう自決する。手榴弾(しゅりゅうだん)を下さい」と頼まれたが、「とんでもないことを言うんじゃない。死んではいけない」と制止したと説明した。

 さらに、生存者らが戦後に「日本軍の命令があった」と証言したのは、遺族年金を得るための「うそ」と指摘した。本で実名を挙げられていない点については「島の隊長は私しかいなかった」と述べ、特定は容易とした。

 大江さん側の弁護士の尋問で「軍の責任を認めるような内容の手紙」を生存者に出していると問われると、「一番責任があるのは米軍。我々は島に駐屯した以上、全く関係ないとは言えないという趣旨だ」と答えた。

 午後の大江さんへの尋問は約2時間を予定。

 《「沖縄ノート」訴訟と教科書検定》 沖縄戦で旧日本軍が住民に集団自決を命じたかをめぐり、大阪府在住の元軍人と遺族が05年8月に提訴。文部科学省が今年3月に発表した教科書検定にも影響し、「軍の強制」に修正を求める検定意見がついた。だが9月、沖縄で11万人(主催者発表)が異を唱えて超党派の県民大会を開き、表現を削除した教科書出版5社も、記述を復活させる訂正を文科省に申請している。
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[4943]Re(1):元隊長、関与を否定/命...
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 ピッポ E-MAIL  - 07/11/10(土) 6:26 -

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   2007年11月9日(金) 夕刊 6・7面
元隊長、関与を否定/命令は「那覇から」
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200711091700_02.html

 沖縄戦時、渡嘉敷、座間味両村で起きた「集団自決(強制集団死)」に対する戦隊長命令をめぐり、「沖縄ノート」の著者で作家の大江健三郎さん(72)や発行元の岩波書店を相手に大阪地裁に起こされた「集団自決」訴訟は九日、原告の座間味島・海上挺進第一戦隊の元隊長、梅澤裕さん(90)や大江さんらへの本人尋問でヤマ場を迎えた。
 「集団自決」教科書検定問題の原因ともなった訴訟に注目は高まり、原告、被告双方の多くの支援者らが見守る中、緊迫した尋問が始まった。

 静かな緊張感が漂う法廷で、十時半すぎ、本人尋問が始まった。梅澤さんと、渡嘉敷島・海上挺進第三戦隊の元戦隊長・故赤松嘉次さんの弟、赤松秀一さん(74)が証言台に並び、宣誓した。

 最初に灰色のジャケットを着た梅澤さんが、証言台前のいすに座った。

 「住民に手榴弾を配ったり、配るのを許可したことは」、「ありません」。「住民があなた方がいた壕を訪ねたとき、なんと言ったのか」、「とんでもないこと言うんじゃない。死んではいけない」。原告側弁護士のゆっくりとした質問に、歯切れよく答え続けた。

 村助役らが「老人、婦女子ら足手まといになるものは死んでくれと言われている」と話したことも証言したが、「だれから言われていたのか」と問われると「行政の上司、那覇あたりからの」と説明し、「集団自決」への軍命や強制に自らかかわったことは一貫して否定した。

 一方、被告側弁護士が、梅澤氏が故宮城初枝さんに最初に会った時期などを尋ねると、これまでの証言や示された証拠と矛盾する答えをする場面もあった。

 自らの陳述書に引用した宮城さんの手紙の一文「忠魂碑の前集合は住民にとっては軍命令と思い込んでいたのは事実でございます」について、「同じ気持ちか」と尋ねられると肯定し、後で「われわれの部隊が駐留したという程度の意味」と付け加えた。


     ◇     ◇     ◇     

大江氏、表情崩さず


 尋問を終え、梅澤さんが法廷を後にした約十五分後、大江さんが地裁に到着した。岩波書店関係者らに付き添われ、正面玄関につけた車から降りた。

 約八十人の支援者や報道陣が見守る中、拍手に出迎えられた。紺色のスーツを着た大江さんは、一瞬、支援者の方に顔を向けたが、口を結んだ真剣な表情は崩さず、正面を向き直してまっすぐ建物の中に入っていった。


抽選会場に700人列/原告側が気勢 騒然


 「集団自決」教科書検定問題の原因ともなった訴訟に注目は高まり、原告、被告双方の支援者らが集まって、大阪地裁は騒然とした雰囲気に包まれた。

 開廷は午前十時半だったが、傍聴抽選会場となった大阪地裁北側駐車場には午前八時前から傍聴希望者が並び始めた。六十五席の傍聴席に対し、同訴訟ではこれまでで最も多い六百九十三人が列をなした。

 抽選会場付近では、「戦隊長による軍命はなかった」と主張する原告側支援者が、「大江健三郎の人権侵害を許すな」と書かれたビラを配り、ハンドマイクで「九月二十九日の県民大会には慶良間諸島からの参加者はいなかった」、「渡嘉敷、座間味の住民に日本軍を恨んでいる人はいない」などと気勢をあげた。

 被告側には沖縄などからも支援者が駆けつけ、静かに開廷を待った。兵庫県宝塚市から訪れた大森悦子さん(65)は「沖縄の体験者のおじいさん、おばあさんたちが話していることが、なぜ(原告側に)分からないのか。人間の気持ちに立ち戻り、素直に考えてほしい」と話した。
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[4946]Re(2):大江さん「軍の命令」
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 ピッポ E-MAIL  - 07/11/10(土) 10:51 -

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   「沖縄ノート」巡る訴訟、大江さん「軍の命令」
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20071110p301.htm

 ◆集団自決論争

 沖縄戦で住民に集団自決を命じたなどと、著書に虚偽を記載されて名誉を傷つけられたとして、旧日本軍の元少佐・梅沢裕さん(90)ら2人が、作家の大江健三郎さん(72)と、岩波書店(東京)を相手に、大江さんの著書「沖縄ノート」などの出版差し止めや損害賠償を求めた訴訟で、大江さんが9日午後、大阪地裁(深見敏正裁判長)で本人尋問に立った。大江さんは「自決命令はあったと考えているが、個人の資質、選択の結果ではなく、それよりずっと大きい、日本の軍隊が行ったものだ」と述べた。

 大江さんは、この日の陳述や同地裁に提出した陳述書で、自著で自決命令があったとした根拠について、▽地元新聞社が刊行した書籍などを読んだ▽書籍の執筆者らにも話を聞いた――などと説明。集団自決が行われた座間味島や渡嘉敷島を訪れるなどして、生存者らから話を聞かなかったことについては、「本土の若い小説家が悲劇について質問する資格を持つか自信が持てず、沖縄のジャーナリストらによる証言記録の集成に頼ることが妥当と考えた」とした。

 そのうえで、集団自決について、日本軍から島の守備隊、島民につながる「タテの構造」の強制力でもたらされた、などと持論を展開。「個人が単独、自発的に(集団自決を)命令したとは書いていないし、個人名も記していない」として名誉を損なったとする原告側主張を否定。

 「守備隊長の命令はなかった」との証言が盛り込まれた作家の曽野綾子さんの著作については、「読んだが、証言は守備隊長を熱烈に弁護しようとしたものと考えた」と述べ、沖縄ノートの記述を訂正する考えがないことも明らかにした。

 一方、梅沢さんは、大江さんに先立って行われた尋問で、集団自決について、「絶対命じていない」と否定し、兄の赤松嘉次さん(故人)が渡嘉敷島の守備隊長だった、もう1人の原告の赤松秀一さん(74)も、大江さんを前に、「兄に直接取材していないのに心に踏み込み、中傷した」と訴えた。

 閉廷後、それぞれの弁護団が記者会見。大江さん側の弁護団は「隊長の自決命令とは記述しておらず、本来、訴訟は成り立たない」と主張した。

 これに対し、原告側弁護団は「大江さんは『タテの構造』という難しい概念を持ちだしたが、そういう説明は沖縄ノートには全くない。原告による命令の有無が争われているのに、大江さんは軍全体の命令として論点をすり替えた。こうした態度が名誉棄損を生む原因」とした。

(2007年11月10日 読売新聞)
210 hits

[4947]Re(2):梅澤氏、自決命令を否定
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 ピッポ E-MAIL  - 07/11/10(土) 10:53 -

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   【琉球新報】
http://ryukyushimpo.jp/modules/news/article.php?storyid=28810
■岩波訴訟・本人尋問 梅澤氏、自決命令を否定

 沖縄戦中、渡嘉敷・座間味両島で起きた「集団自決」(強制集団死)をめぐり、日本軍の隊長命令で住民が自決に追い込まれたとする書籍の記述は誤りで名誉を傷つけられたとして、元戦隊長らが岩波書店と「沖縄ノート」の著者で作家の大江健三郎氏(72)を相手に出版差し止めなどを求めた訴訟で、9日午前、大阪地裁(深見敏正裁判長)で原告の本人尋問が始まった。

 当時、座間味島に駐留した海上挺進(ていしん)第一戦隊の戦隊長だった原告の梅澤裕氏(90)が出廷。「(自決命令は)絶対に出していない。(住民に対し)死んではいけないと言っており責任はない」「弾薬も渡していない」として自決命令をこれまで通り否定した。

 「集団自決」が起きた要因を「米軍が上陸し、住民は大事になると思ったのだろう。老幼婦女子は日本軍の足手まといにならないように死ねという教えを受けていたと思う」と述べ、住民が自主的に自決したとの認識を示した。
 梅澤氏は1945年3月25日夜、村幹部らが同氏のもとを訪れ「足手まといになる老幼婦女子は死ぬので、爆雷を爆破させて一気に殺すから手りゅう弾をいただきたい」と求めたと主張。「死んではいけない。住民は山中で持ちこたえてくれと伝えた」と強調し「死んではいけないと厳しく言ったのだから自決は予想せず、自決が起きたことも当時分からなかった」とした。

 座間味島の女子青年団長だった宮城初枝氏が戦後、駐屯する日本兵の1人から手りゅう弾を渡されたとの証言については「住民に手りゅう弾を渡すことについて部下に許可はしていない」と否定。さらに「初枝さんは戦後、援護法の申請のため厚生省の聞き取りに対し隊長命令だったことにするよう村側から言われたが、申し訳ないと言っていた」と語り、「隊長命令説」は援護法の適用を受けて補償を得るための方便だったとの考えを述べた。
 被告側は反対尋問で、梅澤氏が80年に宮城氏にあてた手紙で集団自決が戦隊長や軍の責任を認めていたことについて言及すると、梅澤氏は「1番の責任は米軍にあるが、われわれが島に駐屯していたからということも考えた」と述べた。

 午後の尋問には渡嘉敷島の戦隊長だった故赤松嘉次氏の弟で原告の秀一氏(74)も出廷、被告の大江氏も地裁入りした。

(11/9 16:03)
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[4948]Re(1):昭和十九年十一月三日県...
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 ピッポ E-MAIL  - 07/11/10(土) 12:03 -

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   沖縄戦集団自決訴訟で陳述−大阪地裁
原告・梅澤氏「命令出してない」
被告・大江氏「訂正の必要ない」
http://www.worldtimes.co.jp/special2/oki_kentei/071110.html


 沖縄戦で起きた住民の集団自決をめぐり、軍命令で強制したとの虚偽の記述で名誉を傷つけられたとして、守備隊長だった元陸軍少佐らがノーベル賞作家の大江健三郎氏と発行元「岩波書店」(東京都千代田区)を相手に、出版差し止めや損害賠償などを求めた訴訟の口頭弁論が九日、大阪地裁(深見敏正裁判長)で開かれた。原告の梅澤裕さん(90)は、「自決命令は出していない」と強く隊長命令を否定。一方、被告の大江氏は、「記述は訂正する必要はないと考える」と反論した。
--------------------------------------------------------------------------------
本人尋問後の集会に出席した原告の梅澤裕さん(右)と赤松秀一さん(左)=9日午後、大阪市内
 梅澤さんは「自決命令は出していない。私は住民に死んではいけないと言った」「死んだのは気の毒。だが責任はない」と陳述し、改めて隊長命令を否定した。被告側の質問には「責任があると書いたあなたの書簡があるが」の問いに、「認めたわけではない」と答えた。
 また、梅澤さんは、自決命令を出したとされる宮里盛秀助役の弟、宮村幸延氏が「隊長命令説は援護法の適用を受けるためにやむを得ずつくり出されたもの」と証言した文書が、本人自身が作成・捺印したものである――と当時の細かなやりとりを再現し、酩酊(めいてい)させて無理やり書かせたという被告側の主張に反論。梅澤さんは既に提出した陳述書の中で、座間味村の老幼婦女子が軍の足手まといにならないよう、爆薬を破裂させて一気に殺してほしい、と頼んできた背景には「昭和十九年十一月三日に、那覇の波の上宮で県知事以下各町村の幹部らが集結して県民決起大会が開かれ、男子は最後の一人まで戦い、老幼婦女子は軍の戦闘で迷惑をかけぬよう自決しようと決議した経緯があったのです」と述べている。


本人尋問のため入廷する作家の大江健三郎氏=9日午後、大阪市北区の大阪地裁
 午後からは、赤松嘉次・渡嘉敷島守備隊長の弟、赤松秀一さん(74)が証言した。秀一さんは、小さいころから優秀で尊敬していた兄、嘉次氏が沖縄タイムス編『鉄の暴風』で自決命令を発したと書かれたのを読み、「ショックでした。三百二十九人も殺した大悪人と書かれていたのですから」と、当時の驚きと苦悩を回想。やがて曽野綾子氏の『ある神話の背景』が出版され、「兄の無実が証明された。これで間違った記述のある本は廃刊または訂正されると思った」と喜んだという。しかし、その後も『鉄の暴風』『沖縄ノート』が訂正のないまま発行を続けていることを知り、裁判に踏み切った。

 赤松さんは、大江氏本人の前で、「兄に取材したこともなく、渡嘉敷島に取材にも行かずに、兄の心に踏み込むような記述に感心し、同時に憤りを感じた。まるではらわたを引き出すような書き方」と強く非難。生前、月刊誌『潮』に兄が寄せた手記の最後のくだり「ペンも凶器たりうる。『三百数十人』もの人間を殺した極悪人のことを書くとすれば、資料の質を問い、さらに多くの証言に傍証させるのが、ジャーナリストとしての最小限の良心ではないのか……」を諳(そら)んじて、兄の無念さを訴えた。被告側は赤松嘉次氏が生前、『沖縄ノート』などの修正を求めたり裁判を起こしたいと言っていたのかと質問。秀一氏は「聞いていない」「分からない」と語った。

 続く大江健三郎氏は、紺のスーツに青のネクタイ姿。幾分上気した表情で、「集団自決命令は隊長個人の資質や選択ではなく、日本軍―(沖縄駐留の)三二軍―守備隊という縦の構造の力が島民に強制した。沖縄ノートでも軍の命令と記述している」と強調した。著書には元隊長の個人名はなく、名誉棄損に当たらないとする。

 大江氏は『沖縄ノート』を片手に、被告・原告双方から尋ねられる著書の記述個所の説明・解説に多くの時間を割き、原告の質問に、「そういう意味ではない」「それは誤読である」と語った。

 また、赤松隊の元隊員が自決して亡くなった人の死を「きよらかな死」と形容したことについて、「悲惨で恐ろしい集団自決が、美しい、清らかと押し出す欺瞞(ぎまん)に反対し、否定していくのが私の仕事だ」と力を込めた。

 原告側弁護士は記者会見で、「大江氏の説明は、『沖縄ノート』には書かれていないもので、独善的だ」と批判した。

 次回十二月二十一日に双方が最終弁論をして結審、来春にも判決が言い渡される見通し。
202 hits

[4950]Re(3):大江健三郎証言詳報・沖...
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 ピッポ E-MAIL  - 07/11/10(土) 21:00 -

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   2007年11月10日(土) 朝刊 1・26面
大江氏「軍命」主張/「集団自決」訴訟
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200711101300_01.html


 【大阪】沖縄戦時に慶良間諸島で相次いだ住民の「集団自決(強制集団死)」をめぐり、大江健三郎氏の「沖縄ノート」などの書籍に住民に自決を命じたと記され、名誉を傷つけられているとして、島に駐屯していた部隊の元戦隊長らが大江氏と著作発行元の岩波書店に、出版の差し止めなどを求めている訴訟の本人尋問が九日、大阪地裁(深見敏正裁判長)であった。午後から大江氏が出廷。「集団自決」について「軍による命令と考えている」と語った。
 「沖縄ノート」の記述などをめぐって原告と被告双方の質問に約一時間ずつ答えた。

 大江氏は「集団自決」について「太平洋戦争下の日本軍、現地の第三二軍、島の守備隊をつらぬくタテの構造によって、島民に強制された」とし、「日本軍による責任は明確で、『沖縄ノート』の記述を訂正する必要は認めていない」と述べた。

 原告側が戦隊長らの名誉棄損を主張している「沖縄ノート」の各記述について、大江氏は「日本軍の命令系統の最先端にいる責任者として、責任を負っている」としたが、「注意深く、隊長個人の名を書くことはしなかった。個人の名を挙げるよりも、問題が明確になる」とし、隊長個人は非難していない、との認識を示した。

 原告側は、大江氏が語った「タテの構造」の話は、「沖縄ノート」では説明されておらず「一般読者の注意と読み方に照らし、そうは読めない」と反論。各記述についてそれぞれ「戦隊長個人を非難している」などとただしたが、「文章を読み違えている」とする大江氏と平行線をたどった。

 大江氏は「『集団自決』が美しく、清らかだという欺瞞に反対するのが私の仕事だと思う」とし、「愛国心のために自ら命を絶った、国に殉じて美しい心で死んだと、事実をゆがめること自体が人間をおとしめている」と語った。

 午後の尋問では、渡嘉敷島の戦隊長だった故赤松嘉次氏の弟秀一氏(74)も証言。「兄は尊敬の対象」だったとした上で、沖縄タイムス社の「鉄の暴風」で、嘉次氏が住民に「集団自決」を命じたと書かれ、「ショックだった。人殺しの大悪人と書かれているわけだから」と述べた。曽野綾子氏の著作「ある神話の背景」で、「兄の無罪がはっきりし、兄への親近感を取り戻せた。家族も戦隊の方々も心の支えになっていると思う」などと語った。

 被告側の反対尋問では、命令を出したことを生前、嘉次氏に確かめたことはないと述べた。


     ◇     ◇     ◇     
大江氏、身乗り出し反論


 書き上げたのは個人への断罪ではなく、琉球処分以後、大和世、戦世、アメリカ世と続き、施政権返還後も続きそうな沖縄への抑圧とそこに暮らす人々の苦しみ。それに対する日本本土の人々の無関心さ、無自覚さ。そうした自分を含む「日本人」への反省と問いかけだった。「沖縄ノート」(岩波新書)の著者、作家・大江健三郎さん(72)は、なぜこの本を書き、なぜ「集団自決(強制集団死)」を取り上げたのか、法廷で言葉を紡いだ。

 濃紺のスーツ姿で証言台に立った。

 「集団自決」を命じた日本―日本軍―三二軍と連なる「タテの構造」と、「その先端にいた渡嘉敷島の元戦隊長(海上挺進第三戦隊の戦隊長・故赤松嘉次さん)の沖縄再訪」に、沖縄と本土にある差異に無知、無自覚な日本人の意識が表れているとの考えを述べた。

 「いまでも慶良間諸島の『集団自決』に日本軍の軍命、強制があったと考えるか」との問いには「沖縄の新聞、本土の新聞にそれを示す新たな証言が掲載され、確信を強くした」と答えた。

 原告側は反対尋問で、「沖縄ノート」の記述の解釈や、根拠について詳細な説明を求めた。

 「罪の巨塊」という言葉で、個人を断罪しているのではないか。作家・曽野綾子さんが著作「ある神話の背景」などで「沖縄ノート」の記述を批判しているのと同様の主張を尋問でぶつけた。

 大江さんは「罪とは『集団自決』を命じた日本軍の命令を指す。『巨塊』とは、その結果生じた多くの人の遺体を別の言葉で表したいと考えて創作した言葉」「私は『罪の巨塊の前で、かれは…』と続けている。『罪の巨塊』というのは人を指した言葉ではない」と説明、「曽野さんには『誤読』があり、それがこの訴訟の根拠にもつながっている」と指摘した。

 原告側は、別の記述を引用し「赤松さんらの個人の責任を追及しているように読める」などと、何度も詰め寄った。

 大江さんの反論にも熱が入った。顔を紅潮させ、身を乗り出すように「それは誤読です」「そうは読めません」と強く否定した。繰り返される原告側の主張を諭すように「説明しましょうか」と申し出て、「個人に対してではなく、『集団自決』を慶良間諸島の人々に命じ、強いた構造への責任を問う」ことが記述の主眼であることなどを説いた。

 「赤松隊長はどの時点で『集団自決』を予見できたと考えるのか」との質問には、「手榴弾が住民に配られた時点」と答え、体験者の金城重明さんや吉川勇助さんの証言を根拠に挙げた。

 二時間にわたる尋問を終えた大江さんは、大きく肩を上下させてシャンと背を伸ばし、正面を見据えて証言台を後にした。


原告と被告、溝鮮明に/解説


 「集団自決」訴訟の本人尋問は、民事訴訟の被告になったノーベル賞作家が法廷に立つことで、注目を集めた。ただ、戦隊長命令の有無をめぐる訴訟で、むしろ意味合いが大きいのは、戦後手だてを尽くして自決命令を否定してきた元戦隊長が、自らの言葉で何を語るかだった。

 原告側は、米軍の上陸を控え、村の幹部らが梅澤裕氏を訪ねて来た一場面に絞り、梅澤氏による命令を全面否定。皇民化教育を背景に、日本軍が島に駐屯した経緯をたどり、軍や戦隊長による強制・命令の実態をとらえる被告側との擦れ違いは鮮明になった。

 梅澤氏の主張は従来通りだったが、部隊の最高指揮官としての責任を否定した証言は印象深い。主尋問で「責任はない」と明言し、反対尋問や会見でも「一番の責任は米軍にある」「命令を出したのは軍ではなく県」とするなど、多くの犠牲者が出た「集団自決」という事実からの“逃避”をうかがわせた。

 七月にあった宮城晴美氏の証人尋問で、原告代理人は「梅澤さんは責任がないとはひと言も言ってない」と明言していただけに、梅澤氏の発言は、弁護団とのずれをのぞかせる場面ともなった。

 同訴訟の提起は二〇〇五年八月だが、原告側が名誉棄損の主たる対象にしている「沖縄ノート」を「去年になって初めて読んだ」と話す梅澤氏。赤松嘉次・渡嘉敷島元戦隊長の弟も、訴訟を起こしたきっかけを、嘉次氏の陸軍士官学校同期生から誘われたと述べた。

 軍の命令と戦隊長による命令を明確に区別し、原告側が元戦隊長ら個人の名誉回復を強調する一方、岩波側の支援者は「狙いは日本軍そのものの名誉回復」とみる。本人尋問では、訴訟の提起が少なくとも原告本人の発意ではなかったことを事実上、裏付けた。

 同訴訟は、係争中でも高校の歴史教科書検定の主たる根拠となった。判決は将来の検定に影響を与えるのに十分な可能性をはらんでいる。(社会部・粟国雄一郎)
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[5012]原告側弁護士が業務停止1年
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 指環 E-MAIL  - 07/12/3(月) 12:27 -

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   沖縄戦裁判で原告側の代理人弁護士の1人である中島修三弁護士↓
http://blog.zaq.ne.jp/osjes/article/34/

東京弁護士会から業務停止1年の懲戒処分にされたそうです。↓
http://www.jiji.com/jc/zc?key=%c3%e6%c5%e7%bd%a4%bb%b0&k=200711/2007112701056

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2007/11/27-21:42 亜大教授の弁護士に業務停止1年=「事務所乗っ取り」と東京弁護士会

 専修大名誉教授の加藤勝郎弁護士(83)の法律事務所を事実上乗っ取り、業務委託費名目で約1億1600万円を得たなどとして、東京弁護士会は27日までに、亜細亜大法学部教授の中島修三弁護士(58)を業務停止1年の懲戒処分とした。中島弁護士は「全くのぬれぎぬ」とし、日弁連に審査を請求する方針。処分は26日付。
 同弁護士会によると、中島弁護士は2002年1月から03年12月、加藤弁護士に月45万円の支払いを約束し、同弁護士の事務所を管理下に置いた。自分の妻を経理担当者にし、業務委託費名目で約1億1600万円を受領した。
 また妻の兄を事務所の事務長にし、禁じられている多重債務者のあっせん業務をさせて、加藤弁護士に無断で事務所から兄に約3300万円の報酬を支払った。
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[5013]懲戒弁護士の中島修三は「つく...
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 指環 E-MAIL  - 07/12/3(月) 16:07 -

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   東京弁護士会から業務停止1年の懲戒処分にされた中島修三弁護士は、2000年〜01年当時の「つくる会」の理事で、「つくる会」東京支部の初代支部長だそうです。
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[6149]Re(1):沖縄戦裁判・本人尋問
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 かず色 E-MAIL  - 09/1/11(日) 17:35 -

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   沖縄集団自決訴訟問題では原告戦隊長を支持する立場です(原告側弁護団は全く支持してません)。但し、一方で先般の高裁判決は概ね妥当な内容であったとも考えております(地裁判決には批判的でした)。原告戦隊長が集団自決を命令したとの「虚構」は概ね否定されたと同時に、戦争被害にあった沖縄県民の心情、並びに日本軍によって引き起こされた悲惨な沖縄戦の実相についても斟酌しており、且、司法による言論表現の自由を保証しようとする姿勢も表れていたと考えます。


原告側弁護団の訴状に表現される、沖縄県民の死をことさら「美化」する考えには嫌悪感を抱きます。
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[6217]Re(2):紛屋稼業数色流石
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 ピッポ E-MAIL  - 09/1/13(火) 21:28 -

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   ▼かず色さん:
>沖縄集団自決訴訟問題では原告戦隊長を支持する立場です(原告側弁護団は全く支持してません)。但し、一方で先般の高裁判決は概ね妥当な内容であったとも考えております(地裁判決には批判的でした)。原告戦隊長が集団自決を命令したとの「虚構」は概ね否定されたと同時に、戦争被害にあった沖縄県民の心情、並びに日本軍によって引き起こされた悲惨な沖縄戦の実相についても斟酌しており、且、司法による言論表現の自由を保証しようとする姿勢も表れていたと考えます。
>
>
>原告側弁護団の訴状に表現される、沖縄県民の死をことさら「美化」する考えには嫌悪感を抱きます。

かず色さん、
1年以上も前の古いスレッドを探し出して
わざわざのレス付け、どうもご苦労様です。

いったい、どういったご報志なのでしょうか?
恐れ入ればいいのか、薄気味わるく思えばいいのか、
凡人には悟りかねますが・・・・

貴方のレスを読ませていただいて、
お追従とか世辞のなかにしっかりと
貴方の本質なるものを、きっちり紛れさせてるのには感心しました。

流石! 
いま売り出し中登り龍紛れ無き紛れ屋稼業出色のかず色さんです。


原告戦隊長が集団自決を命令したとの「虚構」は概ね否定された
これが紛れ込ませた貴方自身ですね(笑)。
160 hits

[6250]Re(3):紛屋稼業流石 (追記)
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 ピッポ E-MAIL  - 09/1/15(木) 23:26 -

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   ▼ピッポさん:
>▼かず色さん:
>>沖縄集団自決訴訟問題では原告戦隊長を支持する立場です(原告側弁護団は全く支持してません)。但し、一方で先般の高裁判決は概ね妥当な内容であったとも考えております(地裁判決には批判的でした)。原告戦隊長が集団自決を命令したとの「虚構」は概ね否定されたと同時に、戦争被害にあった沖縄県民の心情、並びに日本軍によって引き起こされた悲惨な沖縄戦の実相についても斟酌しており、且、司法による言論表現の自由を保証しようとする姿勢も表れていたと考えます。
>>
>>
>>原告側弁護団の訴状に表現される、沖縄県民の死をことさら「美化」する考えには嫌悪感を抱きます。
>
>かず色さん、
>1年以上も前の古いスレッドを探し出して
>わざわざのレス付け、どうもご苦労様です。
>
>いったい、どういったご報志なのでしょうか?
>恐れ入ればいいのか、薄気味わるく思えばいいのか、
>凡人には悟りかねますが・・・・
>
>貴方のレスを読ませていただいて、
>お追従とか世辞のなかにしっかりと
>貴方の本質なるものを、きっちり紛れさせてるのには感心しました。
>
>流石! 
>いま売り出し中登り龍紛れ無き紛れ屋稼業出色のかず色さんです。
>
>
>原告戦隊長が集団自決を命令したとの「虚構」は概ね否定された
>これが紛れ込ませた貴方自身ですね(笑)。


▼かず色さん:
貴方のレスまでの間に、大阪地裁判決、大阪高裁判決と二つの判決がありました。
それを読めば、
『原告戦隊長が集団自決を命令したとの「虚構」は概ね否定された』
という貴方の言い分が全くの虚偽であることは、明示的に示されています。

大阪地裁判決
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1064.html

大阪高裁判決
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1631.html

否定できないいくつかの真実のなかに、「決定的なウソ」をそっとしのばせる。
あなたが「手慰み」でしたこの「つっこみ」が、歴史歪曲の常套手段であることは良く知られています。

もちろん、貴方が、このような「手慰み」の不真面目なつっこみではなく、紹介してさし上げた判決文を周到に分析して、まともに論点を提示しなおすなら、わたしは敬意をもってきちんと対応します。

わたしは、あなたが「中間派」であろうと「否定派」であろうと「賛成派」であろうと、きちんとした論議をするなら、ありがたい存在だと思っています。

反対に、もしあなたが、あなたの不謹慎をそしられたことをもって「立場の違うものへの不公平だ」などと喚いて勤勉なる努力を放棄するならば、それは、あなたの主張や立場を自ら貶めるだけのことでしかありません。
146 hits

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