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「毒ガス」を調べているうちに、こんな資料が目につきました。上海戦の頃の昭和十二年十月二十五日、第十軍参謀長から出された「注意事項」です。(『毒ガス戦関連資料II』掲載)
興味深い内容です。ひょっとするとどこかの概説本に掲載されているかもしれませんが、ネットで検索した限りではヒットしませんでしたので、皆さんの参考のために、ここに紹介しておきます。私のうるさいコメント抜きで読みたい方は、こちらをどうぞ。
http://www.geocities.jp/yu77799/nicchuusensou/sanbou.html
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一、軍紀の厳守に就て
軍の雄大且困難なる任務を達成せんか為には特に軍紀を厳正に保持すること肝要なり、各級指揮官は自ら其の範を示すと共に厳に部下を戒め皇軍の威信を中外に宣揚するを要す
之か為賞罰を明確ならしむること特に肝要なり、抗命、上官暴行等苟も軍の統率上害毒を及す件に関しては些も仮借することなく断乎として処断するを要す
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ここでの「軍紀」が何を意味するのかは、ちょっと微妙です。実例として挙げられているのは「抗命」「上官暴行」ですか、「皇軍の威信を中外に宣揚するを要す」とあるところを見ると、対外的に「皇軍の威信」を貶める行為があった、とも読めます。
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二、弾薬の節約に就て
北支及上海方面の戦闘に就り看るに歩砲各種弾薬の乱費甚たしきものあり 之殆んと自信なき乱射と夜間恐怖心に依る盲射なり 之か為重要なる時期に弾薬の欠乏を来し為に戦闘力を減殺し又は不覚を取りし例尠からす
蓋し精鋭にして自信ある軍隊は乱射、盲射を行ふものにあらす、恐怖心に捉われ自信かなき軍隊程乱射、盲射を行ふを常とするものなることを銘心するを要す
素質劣等なる支那軍如きに対しては精鋭なる皇軍は十分なる確信を以て至近距離に於て一弾必す一敵を斃さすんは射撃せらるの主義を堅持する要す
本件に関しては軍の全作戦期間各級指揮官は厳に部下を戒められたし
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早くもこの時期、弾薬不足であったようです。
「素質劣等なる支那軍如きに対しては精鋭なる皇軍は十分なる確信を以て至近距離に於て一弾必す一敵を斃さすんは射撃せらるの主義を堅持する要す」というあたりが、何とも。お前ら「精鋭」なんだから、「素質劣等」な中国軍なんぞ、「至近距離」に接近して一弾一敵を斃してしまえ。実際の戦場でこれをやったら、危なくて仕方がない気がするのですが・・・。
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三、発煙筒の利用に就て
発煙筒は利用価値極めて大なるも其補給十分ならさるを以て特に必要なる場合最も有効に使用する如く注意せられたし
四、緑筒の利用に就て
緑筒は毒瓦斯にあらす、各隊は必要に応し最も有効に使用すへし、然れとも之亦其補給十分ならさるを以て特必要大なる場合に放てのみ使用するの着意肝要なり
尚軍に於ても防毒面を有せさる部隊あるを以て此等友軍に危害を与へさるの注意を必要とす
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1932年までは「みどり」(催涙ガス)は国際法違反、という見解をとっていた日本が、はっきりと「毒ガスにあらす」と宣言しています。南京戦までの間の時期の「みどり」使用例としては、国崎支隊によるものが知られています。
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五、民船の拿捕に就て
軍の作戦に於ては水路の利用は極めて重要にして軍の前進、後方補給等に水路をよく利用し得ると否とは実に軍の作戦の成否に関すと謂ふも過言にあらす
之か為多くの民船を拿捕し軍の用に供すること極めて肝要なり、各部隊は其向ふ方面に於て苟も民船を発見せは勉めて之を拿捕し軍の用に供することに勉められたし
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民間の船を見つけたら、片っ端から拿捕して軍用にしてしまえ。「民船」というのは、一応は所有者がいるはずなのですから、いやはや、これは乱暴です。
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六、家屋の焼却に就て
家屋、村落は敵か之を占拠しありて之を攻撃する為戦術上特に必要ある場合の外は成るへく之を焼却せさるを要す
之時将に寒冷季に入らんとするに際し軍の休養及衛生上家屋、村落は極めて其利用価値大なるを以てなり
上海方面の戦場に於ては殆と全部家屋を焼却せし為軍の後方に於ける病院設備宿営等に利用すへき家屋殆と皆無にして甚しく不利を招きつつあり
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上海方面の戦場では「殆と全部」家屋を焼いてしまったので、不便で仕方がない。これ以上はなるべく焼くな。「中国民衆を苦しめるな」なんて視点は全くなく、ひたすら「軍の都合」です。
ネットを見ると、「放火」はもっぱら「撤退する中国軍」がやったことで、日本軍が放火したというのはデマだ、と言わんばかりの書き込みを目にします。この資料、準備中のコンテンツ「日本軍の放火」に使えそうです。
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七、支那住民に対する注意
北支殊に上海方面の戦場に於ては一般の支那住民は老人女子供と雖も敵の間諜を勤め、或は日本軍の位置を敵に知らしめ、或は敵を誘導して日本軍を襲撃せしめ、或は日本軍の単独兵に危害を加ふる等実に油断なり難き実例多きを以て特に注意を必要とす
殊に後方部隊に於て然りとす斯の如き行為を認めし場合に於ては些かも仮借することなく断乎たる処置を就るへし
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あわせて読むと、「日本軍の位置を敵に知らしめ」た「子供」に対しても、「些かも仮借することなく」「断乎たる処置」をとれ、ということになりますね。
実際の戦場では、これが拡大解釈されて「運用」されたであろうことは、容易に想像がつきます。
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