2.2 地権者等への個別の情報収集結果
環境省、茨城県および神栖町で、A 井戸周辺住人、B 地区周辺住人および砂利採取業者等への個別のヒア
リング調査を行った。
なお、A 井戸南東90m(掘削調査地点)については、コンクリート様の塊発見後、再度ヒアリングを行っ
た。
2.2.1 A 井戸部
1) 土地所有者(登記簿確認:「A 井戸周辺の土地経歴調査」)
- 昭和17 年9 月 内閣中央航空研究所
- 昭和21 年12 月 A 氏(購入)
- 昭和55 年4 月 B 氏(相続)
- 平成元年9 月 M 社(購入)
2)土地利用状況
- 以前は松林であった(A 氏の長男証言:「A 井戸周辺の土地経歴調査」)。
- 平成2 年4 月〜 M 社による賃貸住宅用地(登記簿確認:「A 井戸周辺の土地経歴調査」)。
3) 砂利採取・埋め戻しの証言等
- 砂利採取業者(V 社)の証言(「A 井戸周辺の土地経歴調査」)
- 高濃度ヒ素が検出された場所は、昔近くに住んでいたので良く知っているが、地形も狭隘で良くない
し、しかも砂利層の質も悪いので、砂利採取は行われていないと断言できる。当該地区の周辺は、昭
和55 年頃から砂利採取が行われたが、採取後の埋め戻しは何も問題なかった。砂利組合業者は、地
権者もうるさいため、悪いものは埋めていない。
- A 氏の長男証言1 回目(「A 井戸周辺の土地経歴調査」)
- 30 年程前に約7 反歩の土地で、親が業者に砂利を採取させた。業者名はわからないが、その埋め戻
しについては千葉県小見川町の山砂を使い、産業廃棄物などは入れていないと思う。
- A 氏の長男夫妻証言2 回目(「A 井戸周辺の土地経歴調査」)
- 7反歩の土地における砂利等の採取は、一気に行ったのか。
⇒1年から1年半位の間に一体的に採取したと思う。
- グランド側の埋め戻し砂は、何を使っていたのか。
⇒資材置き場等と同様に、小見川からの山砂(購入土)により埋め戻したと思う。また、採取前に
どけておいた表層士や松の根も戻したと思う。
- 作業は順調だったか。
⇒あまり覚えていないが、特に問題はなかったと思う。
- A氏の長男証言3回目(「A井戸周辺の土地経歴調査」)
- 当該土地(南側グランドを含む約7 反歩)で砂利採取を行った業者は波崎のW社で、時期は昭和50
〜55 年の間だったと思う。W社との砂利採取に関する契約書については、父親との契約なので、私
は見たことがない。
- 砂利採取業者(W社)の証言1 回目(「A 井戸周辺の土地経歴調査」)
- 当社では、昭和45年頃から波崎町で砂利採取業を始めた。その後、昭和55年頃〜平成2年頃まで、神
栖町で砂利採取を行っていたが、その場所は、A地点から更に南方面の神栖高校の前付近であった。
従って、A地点の土地では砂利採取を行っていない。
- 砂利採取業者(W社)の証言2回目(「A井戸周辺の土地経歴調査」)
- 他の場所(神栖高校付近)は砂利採取を行ったことはあるが、当該土地(グランドを含む7 反歩)につい
ては、無いと思う。記憶がない。
- 砂利採取計画認可台帳(砂利採取計画認可台帳)
- 砂利採取計画認可台帳には、昭和57 年以降の砂利採取の記録はない。
2.2.2 A 井戸南グランド
1) 土地所有者(登記簿確認:「A 井戸周辺の土地経歴調査」)
- 昭和17 年9 月 内閣中央航空研究所
- 昭和21 年12 月 A 氏(購入)
- 昭和55 年4 月 C 氏(相続)
- 平成元年9 月 D 氏(購入)
- 平成4 年11 月 N 社(購入)
2) 土地利用状況
- 以前は松林であった(A 氏の長男証言:「A 井戸周辺の土地経歴調査」)。
3) 砂利採取・埋め戻しの証言等
- 砂利採取業者(V 社)の証言(「A 井戸周辺の土地経歴調査」)
- 高濃度ヒ素が検出された場所は、昔近くに住んでいたので良く知っているが、
地形も狭隘で良くない
し、しかも砂利層の質も悪いので、砂利採取は行われていないと断言できる。当該地区の周辺は、昭
和55 年頃から砂利採取が行われたが、採取後の埋め戻しは何も問題なかった。砂利組合業者は、地
権者もうるさいため、悪いものは埋めていない。
- A 氏の長男証言1 回目(「A 井戸周辺の土地経歴調査」)
- 30 年程前に約7 反歩の土地で、親が業者に砂利を採取させた。業者名はわからないが、その埋め戻
しについては千葉県小見川町の山砂を使い、産業廃棄物などは入れていないと思う。
- A 氏の長男夫妻証言2 回目(「A 井戸周辺の土地経歴調査」)
- 7反歩の土地における砂利等の採取は、一気に行ったのか。
⇒1年から1年半位の間に一体的に採取したと思う。
- グランド側の埋め戻し砂は、何を使っていたのか。
⇒資材置き場等と同様に、小見川からの山砂(購入土)により埋め戻したと思う。また、採取前に
どけておいた表層士や松の根も戻したと思う。
- 作業は順調だったか。
⇒あまり覚えていないが、特に問題はなかったと思う。
- A氏の長男証言3回目(「A井戸周辺の土地経歴調査」)
- 当該土地(南側グランドを含む約7 反歩)で砂利採取を行った業者は波崎のW社で、時期は昭和50
〜55 年の間だったと思う。W社との砂利採取に関する契約書については、父親との契約なので、私
は見たことがない。
- 砂利採取業者(W社)の証言1 回目(「A 井戸周辺の土地経歴調査」)
- 当社では、昭和45年頃から波崎町で砂利採取業を始めた。その後、昭和55年頃〜平成2年頃まで、神
栖町で砂利採取を行っていたが、その場所は、A地点から更に南方面の神栖高校の前付近であった。
従って、A地点の土地では砂利採取を行っていない。
- 砂利採取業者(W社)の証言2回目(「A井戸周辺の土地経歴調査」)
- 他の場所(神栖高校付近)は砂利採取を行ったことはあるが、当該土地(グランドを含む7 反歩)につい
ては、無いと思う。記憶がない。
- グランド南側に居住する住人の証言@(「A 井戸周辺の土地経歴調査」)
- 昭和51 年に現在の住所に転居してきた。その後、2〜3 年後に現在のグランドで砂利堀がなされ、そ
の際、船が使われていたのを目撃している。
- グランド南側に居住する住人の証言A(「A 井戸周辺の土地経歴調査」)
- 賃貸住宅の南側グランドから前の水田にかけて船を使った砂利堀がなされ、その際、船が使われてい
たのを目撃している。
- 砂利採取計画認可台帳(砂利採取計画認可台帳)
- 砂利採取計画認可台帳には、昭和57 年以降の砂利採取の記録はない。
2.2.3 A 井戸南東90m(掘削調査地点)
1) 土地所有者(登記簿確認:「A 井戸周辺の土地経歴調査」)
@昭和8 年2 月 E 氏
A昭和28 年12 月 F 氏(相続)
B昭和51 月10 月 G 氏(相続)
2) 土地利用状況
・ 昭和54 年まで松林(国土地理院発行空中写真により確認)。
3) 砂利採取・埋め戻しの証言等(コンクリート様の塊発見前)
@地権者(G 氏)の証言
・ 砂利採取は、X社が行った。採取後もX社が全部埋め戻した。
・ 埋め戻し後、水田として使った。水持ちが悪く、米の収穫量は少なかった。
・ 平成3〜4年頃、いけすとするためトラクターのバケットを用いて、自ら全域を1m程掘り下げシート
を張り、周囲に1m位の土手を作った。いけすの水深は、2m位。
・ 平成4年には、Y氏に埋め戻して貰った。
・ その後は自分で3年間くらい水田として耕作したが収穫量が少なかった(他より1俵減)。
・ その後2年間くらい水田として他の人に貸したが、収穫量が少ないので止めた。
A砂利採取業者(X 社)の証言
・ 昭和56、57年の頃に、当該土地の北側(H氏)の土地で砂利採取を行った。
・ 採取場は、2町歩くらいであった。1町歩以上ないと採算がとれない。
・ 埋め戻しは、旧大野村和と鹿島の十二神の残土を用いた。
・ 当時の砂利採取に係る申請書が残っている。
・ 当該地(G氏の土地)についても、砂利を採らせてくれるよう頼んだが断られた。
・ 当該地(G氏の土地)を含め南側(I氏の土地)は、松林であった。
・ 通常、1町歩を7mの深さで掘った場合、採取に1年、埋め戻しに1年の計2年かかる。
Bいけすの埋め戻し作業を行った者(Y 氏)の証言
・ 平成4年に、埋め戻しを行った。
・ 作業は、シートを剥がしていけすの水を浸透させた。-
・ 川崎の業者のストックヤードから建設残土を手前の方から入れた。
・ 町道側から半分位進んだところで、土地がぬかるみ重機が動けなくなった。このため、埼玉方面の石
灰処理した建設残土を2枚目の最後付近から3枚目すべてに入れた。
・ 石灰処理した建設残土は、ダンプで100台位、約2,000 位入れた。
・ この埼玉の業者とは、もう連絡が取れない。
・ 埋め立てた量は、約10,000 位と思う。
・ 深さは、今の土地レベルから4m位まで埋めた。
・ 堀あげた土を表土として50cm位使用した(G氏が水田として使用するため)。
・ G氏の所の土を、他の場所には移していない。
4) 砂利採取・埋め戻しの証言等(コンクリート様の塊発見後)
@地権者(G 氏)の証言(コンクリート様の塊発見後1回目)
・ いけすをつくる作業は自ら行ったが、1月14日に報道されたようなコンクリート様の塊に、心当たり
はない。
・ 昭和59年頃に砂利採取を行った。その当時、当該地の南側の敷地(I氏の土地)が松林であったかど
うかについては記憶にない。
・ 砂利採取を行った業者はX社と記憶しているが、X社か、Z社であったかとあらためて聞かれるとはっ
きりしない。ただ、当該地の南側の敷地(I氏の土地)といっしょに砂利採取を行ったことは憶えて
いる。
・ 砂利採取を1社でおこなったか、複数社でおこなったかは不明である。
・ X社から土手を壊した名目で補償金をいただいたことは憶えていない。
・ 敷地の外周は、東西160m程度×南北20m程度。
・ いけすの概要は下記の通りであり、敷地全部を使っていけすをつくった。1年前半程度設置していた。
(詳細は、図2.2.1参照)
敷地境界から9尺(2.7m)程度離しての土手をつくり、その内側にいけすをつくった。
東西150m程度×南北15m程度。
いけすの深さは、土手(1m程度)を含めて2m程度。
土手の高さレベルは、町道とほぼ同じ。
水深は1.2〜1.3m程度。
子供が入らないようにするため、いけす周辺に木のくいを立てて番線を張り巡らせていた。
・ いけすを埋め戻した際、埋め戻し方法はY氏に任せた。埋め戻し費用は無償であった。
・ 南側の敷地(I氏の土地)との境界には、十字に切った境界標(境界杭)が埋めてある。
図2.2.1 地権者の証言によるいけすの概況
A砂利採取業者(X 社)の証言
・ コンクリート様の塊に心当たりはない。
・ 昭和56年から57年にかけて、当該地の北側の敷地(H氏の土地)から砂利採取を行った。
・ 当時の砂利採取は、まず、ブルドーザーで表土を押し上げ、地下水位が現れたところで採取船を浮か
べて掘っていった。
・ (昭和58年の航空写真を見ながら)G氏の敷地から砂利採取したかの記憶はない。当時、私は契約関
係を行っており、砂利採取は別の者に任せていた。当時、砂利採取を任せていた者は、既に会社を辞
めているが、G氏の土地で砂利採取したか確認する。
【補促】2月9日、X社より連絡あり。G氏の土地の砂利採取契約書はなかった。当時の現場担当者
とは、今のところ連絡がとれていない。
・ 北側のH氏の土地の砂利採取に際して、G氏から隣地地権者の同意書をもらった。
・ 埋め戻しには、鹿嶋市内の山砂を用いた。
・ H氏から採取した砂利は、J社という業者に納めていたと記憶している。
・ 自分はそのようなことはなかったが、砂利採取業者が砂利をコンクリート会社に納める際に、残った
質の悪いコンクリートを持ち返らせられることがあり、砂利業者がそれを砂利採取現場に埋めること
があったと聞いている。
・ G氏の敷地の高さは、周辺より高かった。
Bいけすの埋め戻し作業を行った者(Y 氏)の証言
・ 平成3〜4年頃にいけすの埋め戻しを行った。作業期間は2〜3ヶ月程度。正確な作業年日は憶えてい
ない。コンクリート様の塊に心当たりはない。
・ 埋め戻し作業中に、周辺住民から私に苦情があったので、役場にも苦情がいったと思うので、その記
録を確認出来れば、正確な作業年日が判明するかもしれない。
・ いけすの埋め戻し前に、いけす内の水を地下に浸透させて、いけす内の水を抜いた。
・ いけすを水田として使用するため、いけすの底の土を掘り下げた。掘り下げ深さは場所によってまち
まちだが、町道側でより多く掘り下げた。その際、コンクリート様の塊は掘り当てなかった(別紙2
参照)。また、敷地境界付近はいけすが壊れるため掘り下げなどは行っていない。
・ 埋戻し土はダンプからいけすに降ろされ、町道側からダンプ2〜3台分をいけすに降ろすとY氏がなら
しながらいけすを埋め戻した。埋め戻された部分に敷鉄板を敷きながら、東に向かって埋め戻し作業
を進めていった(図2.2.2参照)。
・ いけすの埋め戻し土については、町道から2/3の敷地部分は川崎の業者の残土であり、残り1/3は埼玉
の業者の残土である(図2.2.2参照)。
・ 自分が埋めたのは小見川の黒い土である。黒い土の下に茶色い土があると思うが、そこは自分は関係
ない。
・ (残り)1/3の部分は、雨で埋め戻された土が軟らかくなったため、埼玉の業者には石灰を混ぜた埋
戻し土を運搬させて、いけすを埋め戻した。
・ 敷地の周りに番線を張り、午前8時〜午後4時頃まで埋め戻し作業を行った。
・ いけすの土手は掘っていない。
・ B地区については、埋め戻しは行っていない。
図2.2.2 いけす埋め戻し者の証言によるいけす埋め戻しの概況
C地権者(G 氏)の証言(コンクリート様の塊発見後2 回目)
○生簀を作った時の土手の位置について
・ 境界杭から約9尺(約2.7m)離して掘削した。
・ その約9尺幅の土地に掘削した残土を盛って土手を作った。
図2.2.3 地権者の証言によるいけすを作った時の土手の位置
○砂利採取を行った業者について
・ 当時の航空写真を見ると、北側のH氏の土地と一緒に行ったように写っている。
・ X社が土手を崩してしまったのでと、自分の家に魚を持って謝りに来た記憶がある。それを考えてみ
ると、先に自分の土地が砂利採取を完了し、土手を作ってあったのではないかと思える。
・ 南側のI氏の土地と一緒に行ったとすれば、自分の土地とI氏の土地の段差(G氏の土地が高かった)を
あんなにつけるようなことはしないと思う。同一業者であれば、普通は隣地も同一の高さに造成する
訳である。
・ 以上のことから、確信は持てない(当時は契約書も交わしていないし、砂利採取業者が直接交渉に来
た訳でなく、仲介者と話をして決めた為)が、Z社が自分の土地の砂利採取を行ったのかもしれない
と考えている。
5) コンクリート様の塊について
・ ヒアリングを行った地権者(G 氏)、X 社、Y 社は、コンクリート様の塊に心当たりがないとのこと。
図2.2.4 平成3 年3 月15 日撮影のいけすが確認できる写真
2.2.4 B 地区
1) 砂利採取・埋め戻しの証言情報等(資料No4)
・ 元地権者の証言によると、現自宅(B 地区北西)とB 地区南の2 列並びの住宅を除く一帯で砂利採
取されていた。B 土地との売買契約は砂利採取が行われていない条件としている。
・ 現地権者の証言によると、自宅および2 列並びの住宅地では砂利採取は行われていない。
・ 周辺住民の証言によると、砂利採取は、K 氏(B 地区の元地権者)宅を除き一帯で行われていた。