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南京攻略戦当時において日本刀を使用した白兵戦が起きる頻度が低かったこと,南京攻略戦では捕虜取扱いについて明確な方針等が準備されず,日本軍の中でも対応が分かれていたこと,両少尉が本件日日記事第一報の内容を自ら記者に話すとは考え難く,その内容も軍事上の常識からみれば理解し難いこと,本件日日記事第二報については,向井少尉の離隊の事実と矛盾すること,本件日日記事第三報については,向井少尉の離隊の事実や冨山大隊主力が句容を攻撃することなく,通ってもいないことと矛盾すること,本件日日記事第四報については,負傷したはずの向井少尉が隣接部隊の行動地域にいることが疑問であること,南京攻略戦当時の砲兵砲小隊長と大隊副官において,白兵戦に加入するのが真に危急の場合だけであることに加え,南京攻略戦当時の新聞報道の規制状況などから見て,「百人斬り競争」があり得ない
旨述べている(甲89)。
犬飼総一郎は,その論稿において,
日本刀で短期間に百人も殺害できないこと,両少尉がいずれも大隊長の側近として,常時大隊本部と同行し,最前線に出ることがないこと,冨山大隊が無錫駅を発進してから南京城東の正門「中山門」に進出するまでの18日間に戦ったのが8回であること,向井少尉が昭和12年12月2日に負傷し,同月3日には野戦病院に入院していたことなどを指摘し,「大野日記」や野田少尉の手記,佐藤記者の証言などに基づき,本件日日記事が虚報である
と述べている(甲115)。
なお,このほかにも,南京攻略戦に関する論稿に対する批判や本件訴訟に提出された資料の検証,戦争体験などから,本件日日記事や「据えもの百人斬り」を信用できないとする旨の供述がある(甲121,123ないし125,142)。
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